森博嗣 君が見たのは誰の夢?

 

森博嗣さんの刊行ペースもだいぶ落ちてきて、予定表の更新も遅れてきているので、サービス期間も終わりが近く、本当に引退(本人的には引退しているつもりだと思うけど)してしまうのだなあ、と感じる。残念だけど引退宣言をしてからも書いてくれているだけでもありがたい。お金の使い方を本にしているくらいだし、本当にお金には困っていないだろうから、あとは工作を楽しむばかりなのだろう。森博嗣さんも、いずれは設計図を描くだけになるのか、設計図だけであれば描く必要がないとやめてしまうのかはわからないけど、それまで楽しめるのは間違いない。僕は工作がしたいわけではないけれど、生きかたとして参考にしたい。何か手を動かすような趣味があったほうがよかったかな、と思いつつ、特別なことがしたいわけではないので、老後は少し紙飛行機を作ってみたり、本を読んだりしつつ過ごせたらいいなとおもう。お金はためているつもりだけど、今を犠牲にしているわけではなく、あまりお金がかからない趣味に移りつつあるので、自然にためているところ。良くも悪くも年功序列の会社で、少しずつでも給料は増えているので、使う量が変わらないとたまる額は増えてきている。ただし、最近に物価上昇はかなりのものなので、これからは貯められる額は減っていくかもしれない。早期リタイヤできるほどのたくわえは今のところ見込めないけど、副業をする体力もないので、あまり無理をせず、適度な年齢で辞めたいものだ。

このシリーズは、いつも未来について考えるきっかけとなる内容で、今回も楽しく読むことができた。今は、だいぶ仮想現実を体感するデバイスが安価かつ高度になってきているようで、VRゴーグルではないけど、ゴーグルのようなものをいくつか買ってみた。安物しか買っていないこともあるけれど、あまり自分には合っていないように感じる。もっと素直に没入できる人が向いているのだろう。無意識にあら捜しをしていて、何かに気が付くと、そこが気になってしまう。人が完全にデジタルに移行するには、あと200年では足らないだろうけど、いずれ至る道であることは間違いない。画面のドットはこれ以上細かくなっても人の目では違いが判らないレベルまで来たものの、聴覚も完全に自然の音を録音することはできないし、触覚、味覚、嗅覚に至ってはデジタルでの記録、再現すら難しい状況だ。意外と味覚は早いうちに解決されるのではないかと思っている。味覚は視覚の影響を受けやすいからだ。ただし、まったくリアルで経験したことがない人にどうやって伝えるかはわからない。食べたことのない味を伝えられるだろうか。音でいうmp3のように、圧縮した情報伝達になってしまうと、平坦な味しか感じられなくなるだろうか。それとも、その範囲内で様々な組み合わせを楽しむようになるだろうか。

もう一点、人がデジタルの世界に移行するとしても、ハード面をどのように管理するかが気になるところ。人工知能が発達して、ハードを管理できるようになるだろうか。まあ、一気に電源を落としてしまえばデジタル世界の人間は何が起こったかもわからずに消去されるだろうけど。もしかしたら、一部バックアップがとってあって、それをもとに新たによみがえったあとの世界もあるかもしれない。

 

デジタルの世界に移ったら、考える速度自体に差はなくなるのだろうか。個人を示すアルゴリズムだけで、人の能力に明確な差が生まれるのか。リアルからデジタルに移る場合は、それまでの経験が反映されてもおかしくはない。本当の意味でのデジタルネイティブが生まれたとき、他社との能力差は生まれるのだろうか。個人を決めるアルゴリズムは他社に移せないのか、移せるとしたら個人が望むときにのみ移せるのか、外から強制的に移せるのか、など色々と気になるところはある。デジタルの攻防戦が描かれていることから想像できるように、個人がデジタルの世界に移っても外部からの攻撃に抵抗する術はあるのだろう。具体的にどのようなものかは想像できないけど。デジタルの世界で人の姿を取っているとして、それがGUIなら、データの置かれているところは別にあるはずだ。アバター本人だけど)として動いている間にそのデータのある所を攻撃されたとして、どうやって感知してどうやって妨げるのか、想像できない。きっと、その世界での体の動かし方があって、そこにいる人にはわかるのだろう。僕が想像できないような世界を描いてくれるのか、一部だけ見せて終わってしまうのかはわからないけど、今後の作品がとても楽しみだ。