小川一水 天冥の標

10話として始まった、壮大なSF。一応1巻から順に読んでいるけれど、それぞれ独立していても楽しめる。ここで終わり?というところもあるので、全部読んだ方がより楽しめそうではある。今は6話まで読んだ。最近、ある程度既刊作がある作品でも、一気に読むともったいないと思うのか、まとめて買ってもしばらく置いておく癖ができている。たぶん、まとめて買ったのは8話の1巻が出たぐらいだった(キンドルにそこまでしか入っていなかった)。正月や盆など、比較的長い休みのときに、少しずつ読み進めていた。一つの物語を長時間楽しむ体力がなくなっていることもある。

最初に壮大なSFと書いたように、描写されている期間は1万年近くに及ぶ。もちろん密に描かれているのはその中の一部で、点と点がつながっていく感覚が心地いい。ときにセクシャルな描写が多い話もあるのだけど、それはそれで全体として欠かせない要素なのだろう(現時点では過剰にも感じる)。あらすじ等は販売サイトに任せるとして、本作を読んだ人はきっと、宇宙での生活を想像するだろう。幼いころ想像した宇宙はあまり現実味がなく、作業の怖さや宇宙の広さを想像するばかりで、生活についてはあまり考えていなかった。宇宙ステーションはリング型で、上を見上げるとさかさまに歩いている人が見えるイメージだった。規模を想像できていなかった。たぶん肉眼で上の相手が見える程度の大きさでは小さすぎる。ある程度大人になって以降、そんな大きさでは多くは(地球のように)生活できないとわかったけれど、今でも実際どんなスケールなのかはまだ想像できていない。SF心者にとってもいい小説だな、と思うのは、所々で具体的な数値が出てくるところだ。抽象的な言葉からイメージを喚起できない人間にとっては、具体的な数値を出してもらった方がわかりやすい。わかっているひとにとっては余剰な情報なのかもしれないけれど、ありがたい。詳細が述べてあっても理解できないことも多い。たとえば、レーザーも、どんどん拡散していくのを外側から何かしていると書いてあった(気がする)のだけど、光速で移動するレーザーの外側から何かできるのかなあ、と思いながら理解をあきらめて(よく言えば理解を後に回して)み進めた。とにかくまっすぐ進むレーザーがあって、電力を供給したり攻撃したりできるのだ、と思って読んでも特に支障はない。難しい話は、ある程度概念だけわかった(つもりになった)ら作品は楽しめる。フィクションではなく、現実の科学は理解できているだろうかというと、もっと怪しい。本を読んで、その直後は理解した気分でいてもしばらくたつと忘れてしまうことが多い。理解していれば、固有名詞は忘れても概略は説明できそうなものだ。異世界転生もので、よく現在の地球上の文明を再現するけれど、大したものだと感心する。作るのはその世界の人間(違う時もある)でも、説明するには原理を理解しておく必要があるからだ。そういう意味では、異世界もので地球から機器を持って行ったり、行きかえりするのは、著者が理解していないのか読者に理解できないだろうと踏んでいるのかわからないけれど、好みではない。

物語の中では、酸素が不要となった人類が出てきたり、外骨格を持つ人類が出てきたりするのだけど、本質的には変わっていないように思えた。そういう風に描いているのか、描いているうちにそうなったのかはわからないけど、これだけしっかりと描かれているのだから、著者は、多少生理機能が変わったとしても、人間の本質は変わらないと想像しているのかもしれない。そう設定しただけかもしれないし、そもそも本質が変わらないと書いたつもりがないかもしれない。作中の未来では、貧富の差はなくなっておらず、それもまた変らないことなのだろうけど(本質なのだろうか)、差は今よりも少なくなっている。病気に関する偏見もだいぶ減っているのだろう。多くの病気が治るであろう未来で、恐れられている感染症として冥王班がある。生き残った場合、いつまでも感染力を保持し、垂直感染では死なず、感染させた相手に対する毒性は残るという感染症は、実際に存在するとは考えにくい(メカニズムが思いつかない)けれど、非常に恐ろしい。最近で言えば、ジカ熱に感染した患者が、結構長く感染力を保持していたか。今のところ、致死性が高いウイルスは感染力を長期間保持していない(死んでしまうので接触する機会が減る)。ほとんどの病気がない社会では、病気の原因となるものが過剰に恐れられる可能性もあるのかな、とふと思った。

能力や財力を考えても、これから宇宙に行くことはないだろう。死ぬ前に一度くらい、相対的無重力を感じるくらいは経験してもいいかもしれない。死ぬ前に、想像する宇宙との違いを、少しでも感じてみたかったな、とおもう。

とここまで書いてしばらくたった。最近の、と言いつつジカ熱の話をしているのでそのころに書いたのだろう。今はコロナウイルスが流行っていて、いつ収束するかしら、という感じだ。コロナウイルスは今までにありそうでなかったタイプの感染症で、感染力は強いけど、かかれば死ぬほどの病原性はなく、基礎疾患のある人は重症化しやすい特徴がある。ウイルスとしてはよくできていると思う。いずれ、免疫を持たれてしまうのだろうけれど、人口の半分にでも感染することができれば、大勝利なのではないだろうか。まあ、ウイルスに目的なんてないのだろうし、たまたまこういった性質をもったウイルスが出てきてしまっただけで、勝利も敗北もあったものではない。人類の敗北はいずれあるかもしれない。ヒトは、HIVウイルスの感染も克服しつつある。もはやAIDSはかかれば死んでしまう病気ではない。

このへんでこっそり明かしてしまうと、失われたと思っていた下書きが出てきたので更新していたりする。この文章も、少し前までと今このときに数ヶ月の間隔がある。コロナウイルスは、一年後ぐらいに薄く広く人類に広がって収束すると予想していたけど、思いの外重症化する割合が高く、後遺症も高頻度で長引くようで、まだまだ収束する様子はない。

自分でもいつ頃書いたのかな、と思いつつ改めて追記している。新型コロナウイルスはまだ新規感染者数を維持しながら、もしかしてピークアウトかな、というところだけど、まだまだ予断は許さない。どうなるのかな。そんな状況の中、ロシアが不穏な動き。戦争はしないでいてほしいけど、それが外交的な武器(本当に武器だけど)になると判断すれば強行する国はあるだろうなと思う。それを避けるために頭のいい人たちが頑張ってくれているはず。日本だけが平和でいいとは思わないし、そんな都合のいい話にもならない。思ったほどひどい事態にならなくてよかったね、と話せたらいいのだけど。

最後に、途中までの感想は読了していないときの感想だったから、少しだけ追加すると、物語はきれいに完結した。ある程度の道筋は決まっていたのだろうけど、壮大な物語だった。リアルタイムで読めたことがとても嬉しい。

 

《天冥の標》合本版

《天冥の標》合本版