伊坂幸太郎 砂漠

砂漠

砂漠

 大学生活を始めた北村は新入生たちが集う合コンで”やませみ”のような髪形をした鳥井と出会う。将来スーパーサラリーマンになると言う鳥井は、今のうちに遊べるだけ遊びたいと断言する比較的軽薄な学生だった。その場にいた南は鳥井の幼馴染で、鳥井に惹かれていた様子だが、地味な性格の上鳥井が鈍いのでその気持ちは伝わっていなかった。また、この場で異彩を放っていたのはひときわ美しい女性、東堂で、その美しさから男性がまとわりついていたが無表情なため内心はつかめない。合コンもある程度進行し、少しずつ全体がなじんできた中、遅れて登場したのは西嶋だった。西嶋は登場するなり弁舌をぶって、周囲を引かせていた。接点がないように思えた彼らだったが、名前に東西南北が入っていると言うくだらない理由から召集した麻雀大会をきっかけに親密になる。これは、彼らの大学生活の一部を切り取った物語だ。
 大学生活はもうだいぶ前のことのように思えます。学生のころは馬鹿なことをする人がいたな、と思い返しながら読んでいました。どちらかと言うと北村のような鳥瞰型の性格のため、比較的さめていたように思います。北村はクールなようでしっかり彼女を見つけているあたり侮れません。個性的な面々が統一されて行動しているのは、北村がニュートラルな態度を崩さないからではないでしょうか。鳥井のアパートを訪れたとき豪勢さに驚いていた北村ですが、彼がアルバイトをしていたと言う表記は見当たらなかったし、彼もそれなりに良いとこの坊ちゃんなのかな、と思いました。北村はクールですが、何かを超越しているわけではなく、普通に驚くところでは驚くし、恋愛感情も持っています。ただ、感情の振幅が少ない。このあたりも性質は北村に近いと感じてしまいます。
 超能力を持つ南はその能力で何かをアピールするわけではなく、控えめな性格です。でも、物語の鍵となる人物であり、彼女のキャラクタには好感が持てます。大学生活を経ているうちに彼女も少しずつ押しが強くなってきました。それでも根幹となる性格が変わるわけではなく、終始、好感の持てるキャラクタでした。鳥井は事件に巻き込まれて一時的に塞ぎ込みますが、次第に前向きな性格を取り戻します。それは南あってこそでした。
 西嶋の性格は、とても生き辛いだろうな、と思います。同級生では彼を受け入れるだけの容量がある人も少ないかもしれません。バイト先の先輩などには気に入られる彼ですが、中高生のことはいじめられていたようです。麻雀の招集をかけたときにうっとうしがられる可能性も高かったでしょう。西嶋は物語の終盤であることを口にします。それは、きっと、そのとおりで、だからこそクールな北村も心を動かされたのでしょう。
 西嶋に引かれる東堂は、本人よりも家族のほうが個性的かもしれません。無表情だし、あまり感情を表に出さない彼女は頑固親父のようです。東堂の性格は、実はあまり理解できません。美しい顔なので、昔から男性にはちやほやされてきたであろう彼女は増長せず、自分にとって何に価値があるかを考え、選ぶことができます。彼女がそのように育ったのは、家族の力が大きかったのではないか、と少ししか出てきていない彼女の家族まで想像してしまいました。
 何より、近作で一番お気に入りのキャラクタは北村の彼女である鳩麦さんです。北村たちと年齢の近い彼女は社会人であり、学生である北村たちを素直に羨ましがります。その素直さがとても素敵です。かといって遊び心も失わない。一足先に社会に出た彼女は社会に出ることは砂漠に放り出されるようなものだと言います。何をすれば幸せになれるかわからない。だから、一歩でも前進できる目標や壁のようなものが明確に提示されれば楽になれるのだ、と。そう。確かにそのとおりだな、と感じました。もう少し彼女は語っているのですが、ここでは書きません。少々老成されすぎかなと言う感は否めませんが、とても自然で素直な彼女は好感の持てるキャラクタでした。
 このほかにも、西嶋のバイト先の先輩である古賀さんとか、個性的な面々が登場し、とても面白い作品でした。途中で西嶋が、売れる小説の条件について語ります。ユーモアと快適さと知的さだ。洒落ているだけで、中身は無い、と。これって誰かをイメージしているのでしょうか。まあ、それはともかく、前作の魔王ほど政治色も無く、押し付けがましいメッセージも(多少ありますが)少なく、とても面白い作品です。これはおすすめ。