有川浩 レインツリーの国

レインツリーの国

レインツリーの国

図書館内乱に登場した架空の本である「レインツリーの国」が実際に刊行された、という体裁です。図書館内乱でも聴覚が不自由な女性が登場し、彼女にこの本を薦めたことである人が糾弾されます。そういった背景を知っているので登場人物がすれ違ってしまう理由はわかってしまうのですが、面白さを減少することはまったくありません。
健聴者が聴覚障害者に対して抱く感想や、その逆が作中で表現されますが、いろいろなことについて考えてしまいます。日常触れる機会がなければあまり聴覚障害者について考えることはありません。想像できる大変さと、想像できない大変さがあるのだな、と改めて思います。取材を重ねて知ったこともあるのでしょうが、お互いが好意を持っているのにすれ違い気味になってしまうのはとても悲しいですね。健聴者と聴覚障害者の組み合わせはかなりの割合でうまくはいかない、と非常な現実も描かれており、かなり現実味のある話ではないでしょうか。
ここでは今までに読んだ本の感想を書いているのですが、今までにメールをいただいたことはありません。自分でも誰かの感想を読んで、それに共感してメールを書いたことはないので特に不満はありませんが、きっと誰かから共感のメールをもらったりしたらすごくうれしいだろうな、と思います。主人公の彼女がHP(ブログ)に書いていた文章は彼にメールを出す気にさせるほどの文章だったのでしょう。精進せねば、と特に考えたわけではありません。
ここで登場した、二人が似た感想を抱いた小説もまた架空の小説家と思いましたが、最後の参考文献を見るとあながちそうともいえないのかも。笹本さんの小説は読んだことはないのですが、もしかしたらここで描かれた感想のうち何割かは有川さんがかつて読んだ小説の感想なのかもしれません。
主人公の伸(男性)はかなり忍耐強く、ひとみ(女性)の一見わがままに見える言動に多少イラつきながらもできるだけ受け入れようとします。彼は、これまでの作品に登場したような涼しい顔をして謀略をめぐらせる青年や、直情径行なまじめ青年ではなく、その年齢には似合わない包容力のある男性です。彼の背負った過去はかなりつらいものではありますが、それだけであのような人格が形成されるかどうかはわかりません。同じような環境でもゆがんだ性格になる人もいるでしょうから、そのほかにも何か要素があったのだと思います。彼女のほうは真面目だけどわがままで、中途から障害を持つようになったらこういった性格になるかもしれないと思わせるキャラクタでした。両者の内面を追いつつ物語を見ているのでさほど心配はしませんでしたが、行動だけが描写されていたらすれ違いっぷりにやきもきしていたかもしれません。
相手のことを思うのはとても大切ですが、それが必ずしも相手の気に入るかどうかはわかりません。日常でも良くあることですが、二人を隔てるものが大きければ大きいほど、予想と反応のずれが大きくなるのかもしれません。大人になるということは、客観性を持つことだと思っていました。つまり、いろんな立場からの視点を持てる人が大人なのだと。年齢ではなくそうなのだ、と考えていたのでできるだけいろんな視点から物事が考えられるようにしてきましたし、そのおかげですごく腹が立つということもなくなってきたと思います。でも、それはあくまでも自分を中心とした視点で、条件を若干変えただけであまり広い視点は持てていなかったな、と今回思いました。
本当に相手の気持ちになることはできないし、想像する要素が少ないと現実ではかけ離れているかもしれません。それでも、無用に他者を傷つけることがないようにできることがあるかもしれない、と考えさせられる作品でした。当然、恋愛小説としても面白かったです。