ケン・フォレット 大聖堂 果てしなき世界

大聖堂-果てしなき世界(上) (ソフトバンク文庫)

大聖堂-果てしなき世界(上) (ソフトバンク文庫)

大聖堂-果てしなき世界(中) (ソフトバンク文庫)

大聖堂-果てしなき世界(中) (ソフトバンク文庫)

大聖堂―果てしなき世界 (下) (ソフトバンク文庫)

大聖堂―果てしなき世界 (下) (ソフトバンク文庫)

おもしろかった。長い作品なので途中でだれてしまうのが少し心配でしたがそんな心配は杞憂で、最後までおもしろく読めました。
主人公はマーティンとラルフの兄弟、カリスとグヴェンダという女性です。他の登場人物も個性的で、あまり名前が覚えられない方なのですが人間関係でも思い出せなくて読み返す、ということもないほどでした。
それにしてもこの作者は悪役を仕立てるのが上手い。現在の倫理観では何でそんなことをするのだろうとおもうようなことをどんどんする人が登場します。作中の人物に一通り憤りを感じたあとに、自分には果たしてそのような面がないと言い切れるだろうか、と考え込むとないとは言い切れないぶぶんがあったりして怖い。もちろん程度問題であって、ここまで利己的にはならないだろうし、残酷にもならないとはおもう。でも、これらは物語を盛り上げるために強調されたキャラクタであり、それらを見て醜いとおもうこと、その醜いぶぶんが自分の中に有ることを自覚することは必要かも知れません。
登場人物には魅力的な人物が多いですが、なんとなく女性のキャラクタが際立っているような気がします。主人公の一人であるグヴェンダ。彼女は多少自分勝手なところがありますが、他人に譲っていてはそのまま餓死してしまうような時代です。それくらいでちょうどいいのかも知れません。彼女は惚れた男性のために一生懸命考えるし一生懸命行動する。その結果がどうなったのかは書きません。
 もう一人の女性、カリスは自分のことを理解しているようでできていない部分がありますが、当時としてはかなり先進的な考えを持った女性で、ほかの女性と同じように結婚をして子どもを産み育てることに疑問を抱きます。彼女が選んだ選択を正しかったとか間違っていたとか言うことはできませんが、新年に沿って行動する、気高い女性でした。
主役格ではありませんでしたが、フィリッパという女性も印象的でした。結婚相手を亡くし、身分が高いための不自由さに縛られますが、矜持は捨てません。格好いい女性です。
しかし、この時代の人はあまり相手が子持ちだということにはこだわらない。自分の子どもかどうかというのは気にしているみたいですが、子どもがいてもあまり相手の評価に変化はなくて、まあ、いいことなのかなとおもいます。今の日本ではさすがに気にしないというわけにもいかないでしょうけど、子どもがいることがマイナスに捉えられない世の中になればいい。というのは、近所で子どもが死ぬ事件があったから。子連れで再婚して、この男に逃げられると生活していけなくなるからという理由だったみたいですが、もう少し子連れでも魅力的だと思える世の中だったら別の相手を探すとかの道もあったのかな。子どもの対する責任が重過ぎて、背負いきれない人が出始めている、というか背負いきれない人が目立つようになってきたように感じます。
 魅力的な登場人物はたくさんいますが、この作品では主人公はあってないようなもので、舞台や登場人物すべてひっくるめて主役だと言っても良いでしょう。この時代の映画などが好きで、映画はあまり見るほうではないので自分の割合としてはこの時代を舞台にした作品を多めに見ているとおもう。だからというわけではなくて文章の力なのですが、情景が想像しやすい。もちろんにおいなどは他のにおいなどから想像しているに過ぎないのでしょうが、馬の息遣いや、町並みの賑わいなどものすごく頭に浮かぶ。
 時代もあるのでしょうが、失われる命に対しての執着が薄いというか、なくなったらまた作ればいいという力強さを感じました。それが全面的によいというわけではありませんが、生命力が強い時代の話なのだなと作品から感じました。結構うじうじする性格なので脇役とか端役に共感しがちです。
 読者の視点で見ていると、そんなことにだまされないでーと思ってしまいますが、当時はそう思い込むのも当たり前、とまでは言わなくてもありがちなことだったのでしょう。いろんな苦難があって、それを乗り越えてたり、押しつぶされたり、理不尽なできごとがあったり、いろんな人生が描かれています。前作同様、とてもおもしろかった。
 あえて不足していると感じた部分を書けば、食事の風景をもう少し細かく、おいしそうに書いてくれればよかったのに、と思います。一気に読んだのでもしかして読み落としているかもしれませんが、粥とか、大雑把な表現が多かったような印象です。
 あと、読んでいてたぶん実感できていない、想像できていないだろうなというのは"におい"。当時の(イングランド)人はあまりお風呂には入らないだろうし、からだを拭うていどだったでしょうからそれなりに体臭がすごいのではないかと思います。でも、あまり経験したことがないにおいでしょうから想像できていないのではないでしょうか。食べ物は今まで経験した中から要素を拾い集めて想像できているとしても、です。庶民は香水なども使わないでしょうし。貴族は貴族ですごい香水のにおいだったみたいで、どちらが良いかといわれると返答に困る。
 想像できないのは自分の想像力の足りなさなので、作品のせいではありません。作品は本当におもしろく、読みがいのある作品です。おすすめ。