雨宮諒 夏月の海にささやく呪文

夏月の海に囁く呪文 (電撃文庫 (1178))

夏月の海に囁く呪文 (電撃文庫 (1178))





 文明の利器とまでは言わないまでも、現代人に必需品とも言える携帯電話が通じないほどの辺鄙な島に住む水本修一。高校生の修一は見た目もよく、人当たりもいいため誰とでも一定の距離で接することが出来るが、それは生来のものではなく努力による結果だった。感情を強く表さない自分を”仮面”と称する修一。ある日修一の母親が経営する民宿に新進気鋭の脚本家がやってくる。彼女の名前は赤城結衣。結衣は島に伝わる、天尽岩からある呪文を唱えると願い事がかなうという言い伝えを知り、試しにきたのだった。結衣と修一は会話を交わすうちに彼らは互いの類似点と欠けているものに気がつく。結衣が望む願いとは何なのか・・・。
 誰かに恋愛感情を抱くのは突然で、時間が関係ないときもあるようです。一目惚れをしたことがないのでそのあたりの感情は理解は出来る物の実感は出来ていないかもしれません。修一に恋している遙は、意を決して修一に気持ちを伝えます。彼女は仮面の下に隠されていたはずの修一の姿に気がついていたのかもしれません。でも、その時既に結衣への恋心に気がついていた修一は断ります。そのときのショックからか、彼女は「ここから去っていく人に恋しても仕方がない。離れてしまったらきっとすぐに忘れてしまう」といった内容の言葉を投げかけます。これまで長い間恋していた相手が、たった数日交流しただけの相手に魅入られてしまっては、嫉妬するのも無理はありません。でも、彼女は続けて、結衣への思いを断ち切ろうとしている修一に、告白するように訴えかけます。敵に塩を送る、というわけではありませんし、良くある場面かもしれませんが、ここで”恋敵を応援できる”潔さがとても好きです。
 第二話は結衣と同時期に島に来ていた女子大生が語り手で、卒業を間近に大人になりたくないと言っていた彼女ですが、同窓会であることを知り、自分がしたかったことを思い出します。特筆するほどのことはありませんが、彼女の同級生が「やぶさかではない」と言った場面が面白かったです。
 第三話は島に住む野良犬が語り手。何が大切なのかは、身近にあれば気がつかないことも多く、別の世界に行きたいと考えることも特に10代の頃には多いかもしれません。別の世界に行くことは何かのきっかけになるかもしれませんが自分自身が変わらない限りそうそう劇的な変化はありません。
 少し寓話めいた内容で、少年少女向けの小説でした。10代半ばから後半の方にはいいのではないかと思います。