[読了]恩田陸 蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

ピアノコンクールを舞台に、音楽とは何か、才能とは何かを考えるきっかけが提示されている(著者が提示しているつもりかどうかはわからない)。将棋とか音楽とか、よくわからないけどすごい(のであろう)人がいる世界にはあこがれがある。何においても突出した能力はないので、一つのことでも優れたものを持つ人がまぶしい。身体能力に多くを依存するもの、100m走や格闘技など、については、加齢に伴う能力の低下は避けられないけれど、音楽や将棋は脳に依存する部分が大きく、かなり高齢まで超一流でいるひとが存在する。若い才能はもちろん素晴らしいのだけど、それを老齢まで維持できることのすごさ、素晴らしさに打ちひしがれるというか、感動してしまう。と、こんなにも素晴らしさを説くほど興味があるのに、将棋の駒の動かし方すら覚えておらず、クラシックの曲もほとんど覚えていないという体たらくで、本当に好きなのかと問われると、好きなことに間違いはないが、能力が付いてこないのだと言い訳をしたくなる。まあ、こういう話はする相手がいないので問われることはないのだけど。
受動的な趣味として、本を読んだり音楽を聴いたりすることは好きなのだけど、自分で書こうと思ったり演奏しようと思うことはない。初めからあきらめている部分があり、創作方面に能力がないとおもっている。労働から解放されたヒトは、何かを創造する方向に進むのだろうけど、ただ受けるだけの方が好きだという人もそれなりにいるだろう。そんな場合、何かを作り出せない人との間に格差が生まれてしまったりするのだろうか。
ディストピアを想像するのは措いておくとして、本編に関連した話をしよう。この物語では、天然の天才、かつて神童と呼ばれた天才、王道に近い道を進み、多くの楽器を弾きこなせる天才、天然の天才を見出した天才など、多くの才人が登場する。それぞれの背景も描かれており、だれに感情移入するかは、その読者によって異なるだろう(多くの背景を描かれている登場人物への感情移入が多いのではないかと想像する)。実際誰に感情移入するかというと、実は誰にもしなかった。天才の葛藤といわれても、凡人のレベルまで落として共感するのは違う気がするし、天才にはこんな世界が見えていて、こんなことで思い悩むのか、と想像するばかりだ。将棋と並べて書いたのでふと思ったのは、AIが曲を作れるだろうかということだ。今はさほど挑戦している人がいないのか、あまりニュースとして聴くことはない。クラシックだと、現存する曲数に限りがあるので、それらをすべて学習させて、こういったテーマで曲を作れ、と指令したら曲ができる時代が来るかもしれない。
話がずれていってしまうけど、eufoniusの作曲家が批判されていたころ、実際に楽器を持って演奏していないので、楽器では弾けない曲だとの指摘を見た記憶がある。それは悪いことなのだろうか。デジタルで作曲することができる時代、実際には指が届かないような押さえ方になってしまうとか、そのような指の動きは不可能だ、という曲があること自体は批判されるポイントではない気がする。実際には、一人でできなければ数に頼めばよいのであって、弾けない曲というのはないはずだから、音の連続性というか、つながりに支障がある(違和感がある)のかもしれない。素人としてはeufoniusの曲に違和感があるわけではないので良くわからない。
物語の中で、同じピアノなのに音が違うとか、音を響かせることができるのは才能だ、などの表現がある。以前、演奏者の癖を記録してそのまま演奏できるピアノを見たのだけど、それで演奏するのと、本人が演奏するのでは音がきっと違うのだろう。音楽の中の不思議現象の一つだ。さっぱりわからない。おそらくセンスがないのだ。クラシックも、少し聞いては見たものの聴き疲れするのであまり長続きしない。真剣に聞くための耳が出来上がっていないのかもしれない。はやりのハイレゾ音源も聴いてみたのだけど、ひどく疲れる。真正面を向いていたらそうでもないのだけど、スピーカーに片耳を向けるとそちら側の耳が熱くなって、疲れてしまう。いいものを受け付けない、貧しい感性だと認めるのは若干しゃくな話だけど、これまでの経験上、認めざるを得ない。
誰かと競い合うほどのものは持っていないので、コンクールやその他勝ち抜き戦のようなものとは縁のない人生で、当然舞台裏などはテレビで見たり話で聞くことでしか知らない。本作でとても印象に残ったのは、舞台裏のマネージャにも焦点を当てていたところだ。現実にもこういう人がいるのかどうかはわからないけど、評判のいいマネージャが存在するのかと感心した。あまり普段は光が当たらないかもしれないけど、大切な仕事の一つだ。そういった仕事がTV紹介されていると、見てしまう。球場の芝生を管理する人や、楽器の調整をする人、治具を作る人、刃物を研ぐ人、光電管を作る人(少し違うか)など、目立たないけど大切な仕事をしている人の話はおもしろい。ただ、物を作ったり調整する人はある意味わかりやすいけど、TVでこのマネージャの仕事を紹介されると嘘くささを感じてしまうかもしれない。途中で第三者の視点が入ることで、一気に真実味が薄れるものがある。絶妙な介入で子供同士で諍いが起きることを避けている先生などがいるかもしれないけど、そういった人のすごさは伝わらないし、誰かが伝えたとしても理解されにくい。素人目にはいなくてもいいのではないか、という仕事は、小説の中で描くのも難しいとおもうのだけど、本作では、うまく表現できていた。少なくとも、すんなりと受け入れることができた。知らない世界(知っている方が圧倒的に少ないけど)を描いた小説は好きだ。恩田陸の作品は、ある時期まで全部読んでいたのだけど、ホラーの割合が多い時期があって、それがさほど好みではなかったので、時々読む程度になっていた。今回久しぶりに読んだけど、とても面白かった。直木賞を獲るのも納得の作品。