ウィル マッカーシイ コラプシウム

コラプシウム (ハヤカワ文庫SF)

コラプシウム (ハヤカワ文庫SF)

 すごく面白かった。図書館でSFマガジンを見て、お勧めの本だったので読んでみたのですが面白い。主人公は「コラプシウム」を発明して大金持ちになった天才科学者です。コラプシウムをめぐるトラブルを彼が解決する、と言うのが基本的な話ですが、科学技術が理解できなくても面白く読めます。
 この世界では人間が死を克服しています。そんな社会になったらどんどん人が増えそうですが、それを補えるほどのエネルギィ補給が出来ているのでしょう。ちょっとした科学の描写がとても面白く、こんなものがあったら素敵だなあと思えるものがたくさん登場します。いつまでも飲みたいものが補充されるコップとか。この世界では自分自身を複製できるのですが、クローン問題と似ている部分があって、あまり好んでたくさん複製するわけではないみたいです。時間が無限にあるのだからあせって作業をする必要がなくなっているからかもしれません。
エネルギィ問題が解決されて貧富の差などがほとんどない世界かと思えばそうではなく、大富豪である主人公が嫉まれる世界のようです。不老不死になって、有る程度なんでも作ることができて自分自身の姿もアレンジできるのにまだ何か羨むことが有るのか、と思ってしまいますが、人の欲望は果てしないのでしょう。
永遠を手に入れたはずなのに、ある種の発想は天才にかなわないあたりも面白い。いろいろとアレンジできるのだけど、思考の鋭さまでは複製できないのでしょうか。その当人自身は複製できるのに。ふむふむ。同じ人を若いままで複製できるのだから、改めて天才を作り出そうとしないあたりも社会としては面白い。優生思想ではないけれど、頭のいい人をたくさん「作って」しまうことも可能ではないかと思うのですが、それをしていないあたりに個人を尊重していることが感じられて良いです。作中では複製したものはオリジナルがどうこうではなくて、二人とも本物として扱っているので面白い。これもその社会では普通になっている現象なのでしょう。

 ところで、この話は展開が面白いだけではなく、恋愛小説としても優れているのではないかと感じました。ちょっとだけ、すごく惹かれた会話を引用します。

「私はあなたを受け入れてなんかいないわ。そんなことは一度もなかった。あなたは簡単に受け入れられる人じゃないもの。私はあなたを愛しているの。これはぜんぜん違うことよ」
「確かにまったく違うな。きみがいなかったら、私は愛というものを知らないままだったろう」

この会話なんてすごく素敵だ。

「愛とは崇高な、本物の、貴重な贈り物だ。だが一方、困ったことに、神の仕掛けたちょっとしたいたずらでもある。愛と幸せを混同するなんて、大きな間違いだよ。愛があれば幸せだと思っているみたいに。むしろ愛というのは、手に入れた場合には重力に近いんじゃないかって気がする。強すぎて、近すぎて、押しつぶされてしまうんだ。常に注意していないと」

これもとても良い。時間がたっぷりあって、若さを保つことが出来るのなら恋愛のスタイルも変わるのでしょう。まあ、当然ですね。今(現実)は、人生には限りがあって、愛と幸福とを混同すると言うか、同じものとして捉えてしまいがちなのでこの考えを全面的に受け入れることは出来ませんが。愛を手に入れられなかった身としては、なくても幸せなんだといっているわけではないものの、この考えにすがりつきたい気分。でも、まあ、負け惜しみかな。
 続編がいくつか出ているみたいで、まだ翻訳されていませんが、翻訳されたらぜひ読みたい作品になりました。それにしてもやっぱり翻訳された本は読みにくい。こんなに面白いと思っているのに何で進まないのだろうと思いながら読みました。特に今回は普段の3倍ぐらいは読んでいた気がします。それでも途中で挫折しなかったのは面白かったからだと思います。