「孤独なバッタが群れる時」はフィールドの生物学シリーズの一つだけど、実際にフィールドワークはしていなかった。本作では、満を持してモーリタニアにフィールドワークに行った時のことが書かれている。いろいろと辛いことはあったのだろうけど、それにもめげずに試行錯誤できるのはメンタルが強い。同じようなことが書かれているのかな、と思いつつ読んだけれど、孤独な~は国内での話で、本作は留学後の話だからほとんど重なるところはない。この本が書かれたのが2017年で、2020年だかに大発生があったけど、その時はまだ画期的な対応はできなかったのだろう。
コミュニケーション能力が高く、ある程度以上のことは求めなくて、騙されてもほとんど気にしない(ようにしている)のはすごいことだ。研究室内での研究も重要だけど、大規模な災害をテーマとしている以上、フィールドでの研究は欠かせない。殺虫剤を効果的に撒くことはできるようになっているようだけど、いずれ殺虫剤が効かないバッタが出てくるのでは。もしくは、ほかの昆虫が死滅してしまい、使えなくなってしまうとか。性質を基にどこかに追い込むとか、薬剤を使わない対応ができるようになれば、食料にするとか、肥料にするとかできるようになるかもしれない。
最近こういう自然科学の研究者の本を読むようになって、結構いろんな研究者がつながっていることを知った。もちろん、書籍を書くほど優秀であるとかの共通点はあるのだろうけど、そういったつながりを知るのも面白い。若いころに、こういった本をたくさん読んでいたら感化されていただろうな、と思う。もともと、一つの事柄に集中できる方ではなく、何かを切り開いていくタイプではないけれど、前に開拓者がいたらそれをまねることはしていたのではないか(もちろんテーマは違うものを選ぶだろうけど)。結局、仕事としてはある意味専門的で、あまり流用できない知識や技術が蓄積されてしまったので、今から別の何かを始めることのハードルは高い。いろいろと、何か新しいことを始める自分を妄想する。始めればいいじゃん、と言う人の本を読むこともある。でも、仕事をやめて何ができるのか、何をしたいのかを考えるとそこから動けなくなってしまう。そうしている間にどんどん年をとり、更に動きづらくなっていく。まあ、このまま他人の活躍を見ていきながら死んでいくのも悪いことではない。もっと早く動けたら、と考える人間は、きっといつになってもそういう考えかたなのだろう。今から何かを成し遂げる野心はないし、そこまでの動機もないけれど、他人の活躍をねたまずに、過程や成果を楽しめる人になりたいものだ。
と、このエントリを書いていたのだけど、仕事が変わってしまった。覚えることが多いわりにそれを使うことは少ないのでなかなか精神的にきつい。思っていた通り、というか、もともとの知識は使うところがなく、ある程度専門的な書籍などもすべて手放した。働く場所も変わり、引っ越したのでその時に本もたくさん手放した。一応図鑑など、大きさが必要なものは持ってきたけれど、まだ物置に眠ったままだ。出すことがあるのだろうか。持っていると思いつつ買った本もあるのだけど、まあ応援ということで、と自分に言い聞かせている。いろいろ予定通りにはいかないものだ。