[読了] 橋本紡 猫泥棒と木曜日のキッチン

猫泥棒と木曜日のキッチン

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 みずきとコウは異父姉妹。母は恋多き女性で、みずきが17歳、コウが5歳のとき失踪、正しくは家出をした。残されたみずきはなぜか悲壮感を感じない。あることをきっかけに知り合った同世代の男の子、健一。母が家出をして何かが欠けていた家庭に健一はすっぽりと入り込む。偽りかもしれないが暖かい空気。それをみずきは愛していたのだが・・・。
  先日読了した毛布おばけと金曜日の階段につづく曜日シリーズ第二弾。始め本屋さんで手にしたときは”薄い!”と思ってしまいました。毛布おばけ〜の感想にも書きましたが、書き込みが足りないのではと危惧してしまったのです。それは杞憂でした。
 主人公二人は比較的淡々とした性格ですが、それはお互いあるものが欠けていたからではないでしょうか。柔軟性のある若い世代が敢えて感受性を封印することに、逆に感受性の強さを感じました。作風もお気に入りです。が、他の著書はあらすじを見る限りあまり好みではないような気がします。購入するかどうするか、考えているところです。
 内容にもう少し触れましょう。この母親はちょっと受け入れられません。これではみずきが唯一作中で怒りをぶつけた相手とほとんど変わらないのでは?帯に書いてあることから、編集者もしくは著者自身がそのことを自覚して書いているとは思います。また、(あまり登場しませんが)重要人物であろう、健一の友人である北嶋が少しだけ気になりました。健一と北嶋が友人となるきっかけがありますが、17歳にもなる人間が、それほどまでに回りに気を配らないことはありえないのでは。広い世間には確かにそのような、あけすけな言い方をすれば、大馬鹿野郎がいるのかもしれません。しかし、北嶋はその後まともな考えを示したり、彼なりの気遣いを示したりします。その歪さは人間の多面性というものではなく、つまり、北嶋は健一と接するとき最大限に健一に気を使ったのではないでしょうか。それだけ北嶋が大人であることかもしれませんが。と、ここまで書いていて気がつきましたが、この物語は”相手の心情が判っていてもそれを表に出さないで、気がついていないかのような行動をとる、そして、自分も同様のことをしながら他人のそれには気がつかない”と言う関係性を描いているのかもしれないですね。なぜそう思ったかと言うと、(ネタばれのため詳しい描写は避けますが)教師の言動を思い出したからです。
 ハードカバにしたことでこれまでいなかった客層を取り込めるかもしれません(それ以外にハードカバにする理由はわかりません。値段も上がりますし。作品の主人公である少年少女の読者層を敢えて切り離してでも挑戦したかったのでしょう)。この作品のみを読む限りではあまりライトノベルの雰囲気ではなく、そう、瀬尾まいこさんの様な読後感を受けるかもしれません。装丁も色のバランスがよく、イラストは著者自身が描いたようですが、内容にあっていると思えました。ただ、あとがきと最後の宣伝は不要ではないでしょうか。この作品はシンプルに作品のみで完結した方が良かったです。あとがきが楽しい作家もいらっしゃいますし、あくまでもこの作品の感想としてですが。後は一定の執筆間隔でこの曜日シリーズが出版されることが、広い客層に受け入れられる契機になると思います。今後に期待します。