ヤマグチノボル 描きかけのラブレター

美大へ進学する少年と、その少年に惹かれながらも不器用なため素直に気持ちが表現できない少女の恋物語。あとがきにもあったように、特にエキセントリックな展開がない物語でした。主人公の少年はかなり忍耐強く、ここまで耐えなければいけないのかと少し思いましたが、それともここまで耐えられるほど惹かれていたのかもしれません。気を引くためのいたずらというにはちょっとひどすぎる気もするし、周囲からそれを見ていて仲がいいように見えていたのもちょっと怖い。
少女の親子関係が物語の主軸となっており、読者の視点から見ていると気がつかないのかなあ、と感じる場面もありましたが、意外と家族関係は当たり前の存在としてそこにあることが多く(関係性はともかく)、改めてそれについて考えたり、疑問に思ったりすることは少ないのかもしれません。
ある少年少女の一時期を切り抜いただけで、何か大きな事件が解決するわけでもなければ秘されていたことが明かされたわけでもありません。「ゼロの使い魔」の作者がこれを書いたのかと思うと少々変な感覚ですが、そういえば作者はときどきこのような作品も書いていたような記憶が少しだけ。ただ、娯楽性というか、単純にどちらが面白いかというと「ゼロ」のほうで、あちらの面白さとこの作品の面白さは違うのでしょうが、この作品で胸がきゅっとなるような物語が描けているかというとそうでもなく(読者の感受性によるものかも知れませんが)、あまり向いていない方向性なのかな、と思える内容でした。ただ、売れるためにだけ書いているわけではなく、書いている本人も楽しんでいる部分があるように感じる「ゼロ」よりも、もしかしたらこういった作品を書きたいのかなと感じられる作品でした。おそらく「ゼロ」に比べるほどもなく売れなかったのでしょうが日常を描いた作品も結構好きなので、今後も挑戦して欲しいところです。