野村美月 ”文学少女”と死にたがりの道化

 物語を食べてしまうほど愛している文学少女天野遠子は文芸部の後輩、井上心葉に毎日物語を書かせ、それを”味わって”いる。心葉にはかつて文学賞を受賞した過去があったが、それは本来の出自を偽ったもので、”覆面”作家として活躍していたため正体を知るものはない。心葉の正体を知らぬまま物語を書かせる遠子。よりたくさんの物語を味わうため遠子が計画したあるイベントによって、彼ら自身が生きる世界の”物語”は進行し始める……。
 さまざまな文学賞で近年の受賞者が低年齢化していることを皮肉っているのか、主人公は若くして文学賞を受賞した経歴を持っています。綿谷りささんは受賞後寡作であるものの、実力は作品から感じられますし、同時受賞した金原ひとみさんは精力的に作品を刊行しています。また、ライトノベルの賞を総なめした日日日は恐ろしいほどの作品量を書いていますし、内容もそれほど捨てたものではありません。世間の評価はよくわかりませんが、若くして登場した作家でも活躍する人はいるし、一発屋として終わる人もいるでしょう。この主人公が今後どのような活躍をするか、また、隠してきた経歴を明らかにするときはくるのか。
 一方、奇妙な特徴があるものの天野遠子先輩はごく普通に文学を、物語を愛する女性です。さまざまな物語をこよなく愛する彼女は今回取り上げられた作家である太宰治も、代表作だけではなくいろいろな作品に目を通し、それぞれの愛すべき点を挙げてくれました。いわゆる文学には疎いため、それこそ走れメロスぐらいしか知らないのですが、機会があれば読んでみよう、と思うほど作家や作品に対する愛情が感じられました。
 これから先もある作家が主題となるのか、それとも何かしらのテーマを挙げてそのテーマに則した内容の作品を挙げていくのかはわかりませんが、ライトノベルから入った若い読者の視点をそちらに向けると言う意味では良いことだと思います。内容自体は、これで良いのか、と思う点も散見されますがまだまだ明らかになっていない伏線もあることですし、今後も楽しみにしたい作品です。