宮部みゆき 孤宿の人 上下巻

孤宿の人 上孤宿の人 下
 信心深い人々が住む、四国、丸亀藩に大罪を犯した加賀という人が流刑にされた。それまで有能な官吏として働いていた彼を扱いかねた幕府がやむなく取った処置だった。加賀の到着とともに疫病が流行ったり、火事が起きたりと不幸が続く。それまで雷獣を退治した山犬のご加護があると信じていた住民は、加賀が原因ではないかと考え、たちまちうわさは広まった・・・。
 長い話ですが、不要だと思える部分はどこにもなく、傑作でした。江戸時代の暮らしなんて全く知らないのですが、宮部みゆきが描く世界は一人一人の登場人物の細やかな部分まで描いており、まるでその世界を実際に体験しているようです。物語の骨子となる部分も、過剰に大きい話になっておらず、その時代に詳しくありませんが、物語の中におけるリアリティが保たれています。しかし、そんなことよりも、やはり人物を描く力が図抜けていると改めて思いました。
 頭が足りないと言われ続けた少女、「ほう」はこの物語の主人公の一人なのですが、とても純真で素直です。勉強は苦手でも、人の顔は憶えられるし、季節の移り変わりを示す事柄などはきちんと記憶しています。人の顔が憶えられないので、とても頭が足りない子とは思い難い。とにかく素直で純真な「ほう」に接することで救われた人も多いのではないでしょうか。
 下引の宇佐は、今で言う医者の匙家の若旦那に啓蒙されることで自分で考えることを身に着けます。この時代、自分で考えることは異端であったかもしれません。でも、それを知ってしまったものは知らなかった頃に戻ることは出来ないのでしょう。物事の道筋をたどろうとする彼女は様々な矛盾にぶつかります。その手の矛盾は時代にかかわらす見られるものかもしれません。頭がいいから、身分の差もわかっている。そして、嫉妬している自分の姿も見えていることはとても辛い。
 小心者の渡部は勇気がないものの頭は回ります。そして、自分に育児がないことを知っている。自分に足りないものを知ることは、向上する上では大切かもしれませんが、性質のような如何ともし難いもの中に足りないものを見つけてしまうことはとても切ない。渡部と宇佐はとても似ているのかもしれません。境遇だけではなくて、その性質もまた。
 この他にも和尚や近所の子供たち、働く女性たちの姿が生き生きと描かれています。時代小説は少し苦手なのですが、宮部さんの現代ものは最近少ないので手を出してみました。良かったと思います。
 阿呆の「ほう」と呼ばれ続けた少女に別の字が授けられる場面では泣きそうになりました。本を読んでいるときはその世界の没頭しますが、それでも客観視している自分がいて、あまり泣くことはありません。あまり、と言うかほとんどありません。確率にしたら、0.1%ぐらいでしょうか。しかし、最後の数枚は、本当に感動しました。最後だけ読んでも全く物語の価値はわからないでしょう。また、あらすじを読んだ所で同様です。どの本もそうなのですが、この作品は特に、通して読まないとわからない、そういう小説です。これは、ぜひ、多くの人に読んでもらいたいと思える作品でした。