日明恩 埋み火

埋み火

埋み火

消防士の雄大はあまり自らの仕事に乗り気ではない。父親もまた消防士であった雄大の父は火事で亡くなり、火の恐ろしさが身に沁みているからだ。同じ職場で働く仲間は信頼の置ける人物ばかりだが、先日一人が異動になった。入れ替わりに入ってきた新人の香川はなぜか雄大のことを眼の敵にしている。あまり関わりあうことは避けてきた雄大だが、最近老人の失火による火災が多いことに気がつく。彼らには共通点があった。また、彼らが起こした失火と思われる事故には背景があった。
 前作の鎮火報に続く第二弾です。前作を読んだのはだいぶ前なので人間関係を忘れていましたが読み進めるうちに思い出しました。
 幸いなことにこれまで火事に遭遇したことがありません。それでも火の恐ろしさはたまにTVの特集でみられることからわかっているつもりです。作中、火事の恐ろしさとそれを避けるためにはどうすれば良いのかが描かれており、ためになる話だともいえます。
 主人公の雄大はあまり消防士という仕事を良く思っていません。本人は早くやめたいと思っているようですが、周囲から見れば真面目な消防士であり、火災を憎む心も持っています。周りからは馬鹿だ馬鹿だと言われますが、物事の本質を見逃さない雄大は勉強は出来ないとしても頭がいいのだな、と思えます。
 雄大の親友の裕二は母親の自殺を目の当たりにしたことから醒めた世界観を持っています。それでも、彼は他人の苦しみを理解できるし、優しさも忘れません。表現の仕方は不器用でも、表面だけではなくきちんと接すれば彼のよさが見えてきます。とはいえ、実際に裕二に接したらぶっきらぼうな人だな、と感じるでしょう。
 作中で、死にたい人を死なせることは果たしてよいことなのか、というテーマを繰り返し登場人物は考えます。雄大は死にたい人は死なせればいい、ただし火事を起こすことは許さないと考えています。少々偽悪的な雄大はそう言いますが彼は実際に死を前にした人を見れば全力でとめるのではないか、と思います。直情径行なところはありますが、真っ直ぐな性格で、好感が持てるキャラクタです。
 迷惑をかけなければ死んでも構わないかもしれません。でも、迷惑をかけないように死ぬことは実際にはとても難しい。その人が亡くなって悲しむ人がいるのならば、迷惑をかけていると言えるからです。また、どのような自殺の仕方を選んだとしても、捜索や後始末に他人の手をかけることはほぼ間違いなく、迷惑をかけずに自殺することは殆ど不可能だと思います。
 死んだほうがいいほどの苦しみはあるかもしれません。これまで生まれる必要は無かったかも、と思うことは有っても死にたいと思ったことはありません。生まれた以上生きていくことが生きる理由であり、生きているからには楽しいことや悲しいことも十分味わうのもひとつかな、と考えているからです。
 人との距離のとり方は難しく、考えれば考えるほど深みにはまっていくような気がします。それでも人は一人では生きていけないし、人との交流は避けられません。どのようなスタンスで挑むかは人それぞれですが、たまに自分がどのような距離のとり方をしているか考えるのもいいかな、と思います。
 登場人物が殆ど好人物で(見方によれば気難しいと言うか接しにくい人が多いのですが)、爽やかな読後感です。著者はあまり多作の方ではありませんが、今後も読みたいなと思える作品でした。
どうでもいいことかもしれませんが、偶然をぐうぜんとひらがなで表記していることが引っかかりました。著者にすればそれなりの理由があるかもしれません。