[読了]細音啓 氷結鏡界のエデン/黄昏色の詠使い

ファンタジィの世界について、舞台となる世界の設定を良く考えてから話を作っているパターンと、勢いで書きながら設定を追加するパターンがある。完全に世界を作り上げてしまうと、広がりがなくなったり、穴が見つかった時にもろくなったり、設定を考えるだけで力尽きたり満足したりするかもしれないし、読者の想像する余地が少なくなる(設定を全部書くことはまずないだろうけど)。後者の場合、矛盾点が出てきたり、無理やりだったりする。どちらが良いかと一概には言えないのだけど、ある程度は考えておかないと、適当さというのは見透かされるものだ。ただし、もともとわからないのだから、その世界でも謎である、というのはよく使われる手法のひとつだ。SFではなく、ファンタジィなのだからそれでよいとおもう。でもまあ、よく考えてあるほうが好感が持てる。
さて、前置きが長くなったけれど、細音啓の描く世界でも、良くわからないことは多い。ただ、彼(彼女?)は、自分なりに新しく作った言葉を核として置いてあるのが、個人的にはとても好ましい。言語を作ったと言っても、既存のアルファベットを用いた言語であり、ある種のパズル的なものであって、それを解くことも読者の楽しみの一つになっている。ナメック語とかフルアヘッドココのファルコン文字みたいに、日本語に当てはめた文字を作ったり、ローマ字にあてはまる文字を作ったりするのも、同じ方向性だと思う。ここで、出し方がちょうどいいなと思うのは、この世界で普段使用している言語についてはほとんど触れていないという点だ。おそらく、主人公たちが歌う歌は、この世界ではさほど奇矯なものではない。日本人が日本語の歌を聴くようなものなのだろう。もちろん、(書く労力と読む困難さを無視すれば)全部その言語で書くことも可能なのだろうけど、あまり意味はないし、歌だけにしたほうが特別感があって良い。本当は、歌自体は誰でも歌うことができるのであって、歌に込められた力が大事なのだろう。どうやって歌に力を込めるとかは記載していなかったはず。その辺はブラックボックスでちょうどいい。
ある程度現実味を持って想像できる設定としては、武器の設定が少し気になる。彼らが使用する刀は、いろんなものをずばずは切ることができる割には、研ぎに出すこともないし、欠けることもない。毎日毎日特訓をしている描写はあるけど、ほとんど武器の手入れはない。まあ、時折イリスが不思議な力で整備している描写はあったような気がするけど。機械の手入れについては時折触れているので、刀自体についてあまり描写がないところが少し気になる点ではある。大剣とか、特殊な武器が多いと、代わりはないはずなのに、刀のゆがみとか弓矢の精度とか、どうやって管理しているのかがわからない。ほんの少し、優秀な研ぎ師を見つけたとか、そっち方面の達人も出てくるといいのにな、と感じることは、この作品に限らずある。無限の住人の万次は、あの不思議な武器をちゃんと研ぎに出していたけど、珍しいので印象に残っているのかもしれない。小説ならもっと簡単にその辺を描写できるのではないだろうか。
この作者で一番好きなところは、端役にも比較的活躍する場面が多いことと、端役自体が少ないところだ。かつての好敵手が同時に戦っており、それぞれの戦局が重要である、という場面は、今の若い子にはどう映るのかなと思う時もあるけど、個人的には燃える場面だ。
もともと才能がある人たちが、更に先を求めて努力しているのもいい。氷結〜では、志半ばに道をあきらめた少女が登場する(とはいってもまだまだ若いし、そもそものポテンシャルはかなり高いので、挫折というと言い過ぎかもしれないけど、何が壁になるかは人それぞれであって、彼女にとってはこの世の終わりに等しい衝撃だったのかもしれないし、軽んじることはできない)。一生懸命何かに挑戦した場合、何かに届かなかったとしても、燃え尽きることができたと満足できるのだろうか。美しく書けばその通りだし、もう少し実生活に即した感想を書くと、必ずしもそうではない。1.5流でもなんでも、トップに届くようなレベルであればそういう感想も出てくるかもしれないけど、どう頑張っても2流であった場合(要するに自分なのだけど)、むなしさを感じずにはいられない。無駄だったと思いたくはないけど、ちょっと才能のある人なら比較的すぐにいたるレベルでとどまっていて、それを努力が足りないと責められるのは少しつらい(口には出さないけど)。歴史に名の残るレベルが超一流として、そのそばにいられるのが一流、それ以外は二流三流だとすると、二流にすら至っていない。正直に書けば、燃え尽きるほどの努力をしたとは言い切れなくて、せいぜい一時的な努力だ。でも、興味があると選んできた道で、それでも何も届かないと自覚してなお努力できるのは、それはもう一つの才能だと思う。もういっぱいいっぱいだ。とまあ、自分の小ささを考えると必ずしもそうは言えない部分は多々あるものの、物語としては、何かに躓いたとしてもほかの道があるというのは素敵なことだ。
キャラクタの特徴として、ほぼ全員が自分の苦労を見せたがらない。敵もそうだし、機械(神性機関)であるイリスですらそうだ。苦労を苦労と思わない姿勢が格好いいのか、と問われると、格好いいではないか、と答えるだろう。とはいっても、だれもが何かしらの形で苦労している姿を見られたり知られたりしているのも、ちょっといい。基本的には人知れず努力していたとしても、だれかが知っていてくれるかもしれないというのは少し力になるものだ。陰で努力している私、と格好をつけたいわけではなくて、だれにも知られずに結果も出せずに、この努力は本当に無駄だったのかと思いたくない。
この作品は、とても幸せな作品だと担当者が言っていたらしい。確かに、全巻買っているのだけど、特別盛り上がっているわけでもない(2チャンネルとかはどうなのか知らないけど)割には近所の小さな本屋さんにも必ずある程度の数が入荷している。あまり、他人の感想を積極的に読まないこともあるけど、どういった層に人気があるのかもよくわからない。言葉を読み解こうとしているサイトがあったかな。一つ言えるのは、この作品はとても好きで、続巻が読めることはうれしい限りだということ。幸運と言えば、最初のイラストと作品がかなりばっちりあっていたことも幸運だったのではないか。今の作品のイラストは、これはこれであっていると思うけど、「黄昏色の〜」のキャラクタというか世界観と竹岡美穂のイラストの組み合わせは最高だった(言い過ぎか)。1巻だけないのがさみしい。うっかり処分してしまったのかもしれない。読み返すことは最近あまりないので、完結したら手放してしまうかもしれないけど、今は手元にあってほしかった。
次回作の構想もできているようで、楽しみだ。同じ世界観の、別の時代なのか、全く別の新作なのか。