[アニメ][感想]電脳コイル

電脳コイル Blu-ray Disc Box

電脳コイル Blu-ray Disc Box

全26話。全体のストーリィには影響しないような些細なエピソードもそこそこあるなあ、とおもった回もあったのだけど、終わってみればそういう些細な積み重ねが世界観を作り上げていた。舞台は今よりも少し電脳化が進んだ世界で、メガネをかけることで実際の世界と電脳世界を重ね合わせてみることができるようになっている。現実でも、少し前からそういう遊びのソフトが作られ始めているけど、追いつくにはまだまだ時間がかかりそう。そこまで電脳技術が発達しているにもかかわらず、家は昔のままだったり、メガネ以外はむしろ今よりも少し前っぽい、不思議な世界ではある。見終わってから少しだけ感想を検索して、子供にはこの世界観は難しいのではないかとの意見を見た。まあ、完全に理解しようとすると難しいかもしれないけど、そもそもそんな必要はない。仮面ライダだって、大人がみれば何らかの思惑に気が付くことが多い、というのは子供と一緒に仮面ライダを見ている友人の意見。すべてを理解する必要はないし、その意見を言っていた人の子供は確か7-8歳だったので、大人向けの思惑には気が付かないだろう。あまり書く気はないけど、いつからこんなにメッセージ性が求められるようになったのかな。それとも、気が付いていなかっただけで、クリエイタはずっと何らかのメッセージを込めていたのだろうか。説教くさいアニメなんて、子供にはつまらないだろうから、それを隠していたのか、一緒に見ているだろう(もしくは大きなお友達としての)大人に向けたメッセージなのか。まあ、あからさまに子供向けに作られたものを楽しめるのは、幼児くらいかもしれない。それはどうでもいいか。子供のころにみたアニメは、すごいなーとか、かっこいいなーとか単純におもっていて、未来はこんな風になるのかな、と漠然とした期待を抱かせるものだった。
電脳コイルでは、電脳世界にどっぷりとはまり込んでいる大人は少ない。技術者はほとんど出てこないし(概念的な説明しかされない。技術をハードSFのように説明したいわけではないのでそれは当然ではある)、使いこなせる大人はほとんどが関係者だ。そういえば、イサコがどこで暗号屋の技術を学んだかって出てきたかな?とにかく、メガネを使いこなせるのはごく一部のみだ。あまり、その理由は語られていない(とおもう)。それは、舞台設定よりも人間の関係に重みを置いたからだろう。
主人公は小学6年生の少女、優子(ヤサコ)と勇子(イサコ)だけど、基本的にはヤサコに焦点が当たっている。ヤサコは良い子に見えるけど、自分勝手な部分もある。完璧でないところがいい、と言えばいい。よくいる小学6年の女子の造形だ。これが女子高生が主人公とかだと、現実には画一的な性格になってしまいがちだし、いろんな性格の子がいることに改めて理由づけしないといけなくなるかもしれないけど、小学6年ぐらいだったら成長が速い子、遅い子、おしゃれに関心がある子、ない子がいてもあまり不自然ではない。いろんな子がいるといっても、仲良しグループには似た子が多い。メガネを持っている子はメガネを持っている子どうして仲良くなっていて、生物部のアイコも仲がいいのだけど、やはりメガネを使って電脳空間でコミュニケーションをとっている仲間とは違う感じだ。少し子供っぽい少女、フミエはあまり周囲との垣根を意識していない。何かあったとしても、根に持たずに、たとえば、素直に謝れは謝罪を受け入れる度量の広さがある。これがヤサコだったら、本当かなあと疑い続けそうな場合でも、さっぱりしたものだ。ヤサコとフミエはすぐに仲良くなったけど、それはヤサコがメガ婆の孫だからであることは大きそうだ。ただのどんくさい女の子だったらここまで親密になっただろうか。なったかもしれないけど、それはアイコとの関係のように、仲は良いけど学校でだけのお付き合い、で終わりそう。男子はちょっと典型的すぎる悪がきが多い。いまどきの小学六年生も、男女ともにだけど、素直になれないものなのだろうか。大人になっても素直になれていない部分が多々あるので、年齢ではなく個人のキャラクタなのでは、とも思う。長々と書いたものの、あとの舞台設定やキャラクタ紹介はWikipediaにでも任せるとして、感想に入ろう。
上にも少し書いたのだけど、対象年齢はどのくらいなのだろうか。やはり小学校6年生前後なのかな。年齢はともかく、喪失のつらさを知っているはイサコに感情移入してしまうかもしれない。物語は全体的に閉じていて、ほとんど限られた空間、メンバーの物語だ。そのため、知り合いの知り合いが、もともと知っている人だったりする。終盤は特に、予想もできたのだけど、あれもこれもつながっていて、伏線というよりはご都合主義に感じる部分も多い。でも、それは、(悪く言えば)あら捜しというか、気になった部分を思い返すとそうなのだ、というだけで、見事に伏線を回収したともいえる。話自体は面白かった。そうでなかったらいくら暇を持て余しているとは言っても26話も見ないだろう。キャラクタの中で、気になるのはデンパだ。彼がイリーガルと仲良くなる話がある。彼はとても優しい。人を傷つけたくないのだろう。それはとても正しいけど、なんというか、危うさを感じた。本来人を傷つけるもの(イリーガル)が、弱っているからと言って同情することは、だれのためになることなのか。その優しさは好ましいし、ずっと持ち続けてほしい要素ではあるけれど、たとえばマフィアが困っているからと言って手を差し伸べてしまうのは、是なのだろうか。人同士だと、それでも分かり合うことは難しくても、何とか思いが伝わることがあるかもしれない。それにしたってあまり期待できないのが現実だ。あー、話がそれているなあ。なんというか、デンパの優しさは他者に付け込まれるタイプの優しさなのではないか、とちょっと心配だったのだ、という話。こういう優しさは好きなのだけど、あまり自分では持てないタイプなので、少し気にかかったのだとおもう。
物語の終幕では、メガネを作った会社などが登場したけど、本当はもっと企業が関与したドロドロした面がありそうだ。アニメでそれを描く必要はないとはおもうけど、子供向けとするならばもっと明確な敵があってもよかったかもしれない。あと、いじめられていたと感じていたほうがいじめていた、みたいな立場による認識の違いが描かれていたけど、そこまでずれることってあるだろうか。いじめていた側がいじめていた自覚がない場合はあるだろう、とおもうけど、それがお互いなんてことがあるだろうか。それはどうでもいい、と言い切ってしまうには大事なことのような気がする。ヤサコは、いじめられていた割にはイサコ以外に見抜かれないほど元気に学校で過ごしているし、どちらかと言えば、ヤサコのほうが知らず知らずかもしれないけど、いじめていたほうなのではないか。いじめ良くない、のは当然だとしても、お互いが離れることで、縛りあっていた憑き物が取れるのなら、結果オーライだとしても、良かったのではないかなあ。あちらの少女が元気に過ごしているかどうかはわからないけど。
細かいところに気を配っているのが感じられて、とても感じのいい作品だったし、面白かった。