[読了] 庵田定夏 ココロコネクト ヒトランダム

ココロコネクト ヒトランダム (ファミ通文庫)

ココロコネクト ヒトランダム (ファミ通文庫)

まあ、良くある中身が入れ替わる話です。題材がよく有る話だからと言って面白くないわけではなくて、面白かった。こういう話では初めてだったのではないかな、とおもったのは、恐怖心が、文字通りからだに記憶されているということ。もちろん、普通は精神と肉体が離れるときは死んでしまったときなので、肉体に記憶が残るかどうかは分からない。一般的に、肉体に記憶が残るというのは、ある種の刺激を外界から受けたときの入力をきっかけとして記憶がよみがえることをさしているとおもう。この場合、肉体が記憶しているのではなくて、肉体はトリガーに過ぎない。では、この話ではどうか。本人が知らないことでも、体が反応してしまう。だから、登場人物は、あることに気がついてしまう。しかしまあ、そもそも記憶と言うのは脳に収まっているものだし、人格が入れ替わることをフィジカル面で考えたとき、脳内の配列が強引に変えられてしまうとは考えにくい。そんなことが起きては大変です。ではどう考えるか。もともとの人格の持ち主にある記憶から、再構成されるのではないでしょうか。口癖や話し方などはそれでコピーできるだろう。考え方も、よほどとっぴなもの出ない限り大丈夫だとおもう。この考え方だと、前述したような「肉体への刺激がトリガーとなって反応する」ことは十分ありえるでしょう。そういった回路は残っているからです。ただ、それは脊髄反射のような回路ではなくて、一度上位中枢を経由した回路なので、作中の彼はその感覚を理解した方がよかったかもしれません(体が動いて、あれ、とおもうのではなくて)。
記憶は結構いつまでも(自覚的には)鮮明に残っている部分があって、嫌なこともそれなりに覚えています。しかし、同じ風に思い出しているのに同じ風には辛くないようになっていくのは、受け止め方が変わっていくからだとおもうのですが、やはり人はじわじわとであったとしても変わっていくのだなと感じます。楽しかったことも、辛かったことも平たく均されて、それじゃあつまらない。でも、これから先はあまり感情の起伏が少ない人生がいいなとおもっている。でも、いざそうなってしまうと寂しかったりするのでしょう。なんだかわがままだなあ、と自覚しつつすごしている毎日です。何年か前に、だいぶ年をとったものだとおもったのだけど、今思い返せばそのころはまだまだ若かった。何年かたって、今を思い返したら、今の自分も若いものだと感じるのでしょう。
とまあ、どうでもいい話に尽きた今回の感想でした。おしまい。