竹宮ゆゆこ とらドラ! 9巻

とらドラ!〈9〉 (電撃文庫)

とらドラ!〈9〉 (電撃文庫)

 なんだかすごくまっとうな青春小説になってきました。初めは小さいのに馬鹿力がある少女と人相の悪い少年と言う、ライトノベルらしい話だったのですが、進路に悩んだり、親子関係に悩んだりする若者の話になっています。ところどころであまり重過ぎなくするようにしているのは感じますが、それでもまっとうにいろんな問題に向き合っていると思います。
 作者がすごいなあ、と思うのは学生だった頃、小さかった頃の感覚をすごく再現しているところ。もちろん、今の子供たちが見たら同じ風には感じないかもしれないのですが「かつて子供だった大人」が読む分には「そうそう、こんなことで悩んだなあ」と感じられます。
 前回、大河の気持ちを知ってしまった竜児は、それを知っているがために苦悩します。大河は普通の恋がしたいと言う。普通の恋ってなんだろうなあ、といまさらながらに考えるのですが、誰にとっても「特別」な恋しかないんじゃないかな、と今は思います。どこで誰が一般化してしまったのだろうと思うのですが、テレビドラマのような家庭はあまり存在しないし(ときどき奇跡のようにあるけれど)、物語のような恋もない。後から考えると、誰にでもあるような環境だったりするのですがその渦中にいるときは気がつかないし、きっと特別なのですね。ひとつひとつのエピソードはどこかの物語にあるかもしれないのだけど、全体で見れば誰もが「特別」な人生を歩んでいるのだと思います。
 物語では、主人公たちが進路に迷います。大人が言う「大丈夫」を真に受けてしまう、と言うのは本当にそうですね。子供はなんだかんだ言ってもあまり社会のことを知らない。だから、大人が「大丈夫」と言うとそうなのかなと思ってしまう。高校生の頃、貧しい家庭だったのですが「大学に行くぐらいなんとでもなる」と言ってくれたおかげで今の自分があるのですが、今から考えると当時の収入で子供を大学にやるのは本当に大変だっただろうと思います。すごく感謝している。そのときの借りを返すために今があると言ってもいいくらい感謝しています。竜児の母親は、奨学金なんて学校で一番の人しかもらえないとか誤解しているみたいですが、基本的には奨学金は貧しい(というとあれですが)家庭にもらえるのでその点に関してはあまり心配が要らないと思います。とはいえ、自分の知らなかった世界(大学)の話だからわかりにくいのかな、とも思います。対して成績は良くなかったのですが奨学金はもらえたし、何とか大学を卒業することが出来たので、もし、この小説を読んだだけで奨学金などがもらえないと勘違いする人がいたら(あまりいないとは思うけど)もう少し調べることをお勧めします。周りの人を見ていると、奨学金とはいえあまり子供に借金をさせたくない親もたくさんいることを感じます。出来るだけ苦労をかけたくないというのが親心なのでしょう。その点では、はっきり奨学金をもらえと言ってくれた親に感謝だし、自分のことなので奨学金を返すこと自体は苦労だとは感じていません。
 自分の話になってしまいましたが、将来に対する不安とか、全体を見ているようで実は目の前のこともあまり見えていないあたりとか、本当に良く書けている小説だと思います。この小説で面白いと感じるとことはそれだけではなくて、登場人物が結構本音を語り合うところにもあります。それぞれのキャラクタによるのかもしれませんが、実生活ではあまり本心を語るほうではありません。話してもどうにもならないだろうな、と思うことが多いので、しばらくたってから、あの時はこんなことがあったんだよと話すことはあっても、そのとき思っていることをぶつけ合うことってほとんど経験がない。それはちょっと羨ましい学生生活で、あの時いろいろと悩んでいたことを話せるキャラクタだったら人生が少しは変わったのかも、とか思うときもあります。実際は、個々の性質によるものなので今の人生と同じなのでしょうけど。自分が知らないだけで、みんなこんな風に本気でやり取りしていたのかな、と思ったり、物語だから出来るのかな、とか思ったりします。今の、現実に進路に悩んでいる世代から見たらどんな風に見えるのだろう、と思います。少なくとも、すでに大人になってしまった立場から見るとはやっぱり感想が違うような気がします。
 あ、結構長い文章になってしまった。もう少しだけ。竜児と大河がうまくいけばいいなあ、と思うのはまあ良しとして、そのほかの主要な登場人物も恋に破れたもの同志で惹かれあわないだろうか、と少しだけ思ったのですがこの考えは「余っているもの同士くっつけてしまおう」と考える知り合いのおばさん(とりあえず架空の存在)と変わらないなと思って、自分の考えに愕然としました。ブリーダか、といいたくなるほどの適当さにいらだっていたはずの自分が、似たような考えをしていることが気持ち悪い。そのことに気がついただけでもましかな、と思うのですが、ちょっと気をつけないと。頭の中で考えているだけならともかく、そういった考えってときどき漏れてしまうものなので(自分の場合)、本当に気をつけないと、と思います。
 物語はハッピィエンドでもバッドエンドでも区切りがあるかもしれないけど、人生はいつまでも続く。まあ、結構ハッピィエンドが好きなのでそうなることを期待はしているものの、どんな展開になってもありかな、とも思っています。あと数冊で終わるでしょう。終わりが来ることを惜しみつつ、次巻を楽しみにします。