細音啓 踊る世界、イヴの調律

もともと派手なところはない作品ですが今回はさらに地味でした。でも、物語の根幹にかかわる部分の伏線と言ってもいいかもしれません。物語にありがちな「その時代、その空間にこれまでなかった出来事が頻発する」現象は、ある意味当たり前と言えば当たり前かもしれません。そんなことがしばしば起こるわけがないのは当然で、何か特別なことがおきたとき(と場所)を切り出して物語にしているからです。ほとんどの作品では魔王が復活するとか、世界が終わりを迎えるとかの大きな現象があったり、小さなものでは盗賊に悩まされる村とかがあったりして、それに立ち向かう主人公が描かれます。
この物語ではなぜそこが「特異点」になったのかを説明しようとしている。その試みはこれまであったのかもしれないし、知らないだけでありきたりなものかもしれませんが、面白い。
物語の構成も面白いのですが、だれかセラフィム言語の解析に挑戦した人はいるのでしょうか。時間をかければ解けそうな気もするのですがあまり暗号の解析のようなことに興味がないことと、具体的に時間がないことで挑戦していません。トールキンのように新たな言語を作ったわけではない(とか書きつつ詳しいことは知らないのですが)と思うので「英語、日本語、母音と子音」をキーワードに考えていけば解けるような気もします。誰か解析できたひともしくは解説があれば教えていただきたい(結果には興味があるのかと言われそう)。
イラストが魅力的なシリーズでもあります。もっと描いて欲しいと思いつつ、あまりたくさん描かれると想像する余地が減ってしまうのでやはり各キャラクタのイラストぐらいがちょうどいいのかもしれません。キャラクタと言えば、今回登場した高齢の二人(もしかしたら他にも同世代ぐらいかもしれない人もいますが)は魅力的でした。実際にいろいろと切磋琢磨した人たちはあんな関係なのかな、と想像します。こういったファンタジィでは結構出てくるような気がするのですが、あまり現実社会ではそこまで高齢の方と知り合いになる機会がない(もしかしたらお酒が飲めたらそういう場で出会うこともあるかもしれませんが)ので、具体例は知りません。最近の人もそうかもしれませんが、あまりお互いを高めあうライバルのような存在はないので、ある意味気楽な人生ですが面白みはないかも。まあ、そういったものを含めて仮想体験できるのが本のいいところです。知らなかった世界を想像すること。それは目に映る現象や体感だけでなく、関係性も含まれていて、仮想的なものを否定する人からすれば現実にかなうものはないのかもしれませんが、とても幸せな体験です。
とりあえず次で大きな一幕が終わるようです。順調に巻を重ねていますし、これからも期待できる作家なのではないでしょうか。