野村美月 ”文学少女”と飢え渇く幽霊

”文学少女”と飢え渇く幽霊 (ファミ通文庫)

”文学少女”と飢え渇く幽霊 (ファミ通文庫)

 前回太宰治の作品に焦点を当てた作品でしたが、今回は”嵐が丘”です。この作品は未読なので十分楽しめなかったかもしれないと思うと少し残念ですが、途中でそれなりに説明があったし、もともと有名な作品である程度のあらすじを知っていたのでましだったかもしれません。
 普段温厚な人間が感情をあらわにするときは、その人が触れられたくない部分に触れてしまったか、他の何かを覆い隠すためでしょうか。今回、心葉は普段覆い隠していた感情を一部さらけ出してしまいます。そのことで友人たちは若干驚いたようですが、そういった一面が隠されていたことを知って、逆に嬉しかったとも言えるのではないでしょうか。普段はあまり感情を表に出すことは無く、何かを言葉にしたくは無いけれど伝えたい場合にあえて表情に強く出したりします。周囲の人で、結構なかのいい人間はともかくあまり交流の無い人間からはわかりやすい人だな、と思われているでしょう。それが狙いだし、そういった性格であることにあまり負い目は感じていませんが、やはり本音で付き合って欲しいと思う人が多いのではないでしょうか。本音で話せば周囲とずれていることも多く(これも周囲がある程度本音を話していると言うことが前提となっていて、同じようなことを考えている人が多ければ意味は無いのかもしれませんが)、そのずれを許容してくれる社会なら良いのですが、結構自分たちと違う種類の人間を理解しようとしない人が多いと感じています。そういった点では、まだ社会は十分成熟していないのだな、と感じますし、自身にも一部そういった傾向があることは否めません。
 物語はある一人の登場人物の思惑に沿って動き始めますが、小説のように現実を操作することはできません(小説ですが)。時々、物語が勝手に動き始めると表現する作家もいますが、大きな物語となってしまった舞台は一人の力ではどうしようもない、特別な何かが働きかけているのかも、と非科学的なことを考えてしまいます。全て計算ずくの物語もあるのでしょうが、両者の区別をすることができないのでどちらが良いとか悪いとか判断することはできません。
 主人公の一人である天野遠子さんが、天然キャラでとても楽しいです。一生懸命なところや物語を偏愛しているところに好感が持てます。心葉もやさしいキャラクタで、良いですね。もう少し心葉の家庭環境などが明かされるのではないかと思いましたが、あまり明らかにはなりませんでした。その分遠子の家族構成が少しわかりましたが、まだまだ隠されている部分も多そうです。これまでこの作者の作品を読んだことは無かったのですが、キャラクタにも好感が持て、今後がとても楽しみな作品です。