[読了] 坂木司 切れない糸

切れない糸 (創元クライム・クラブ)

切れない糸 (創元クライム・クラブ)





 大学卒業を目前に就職が決まらない主人公新井和也。就職が決まらないまま和也の父親は突然死し、和也は実家のクリーニング店を継ぐこととなる。家業を継ぐ気が無かった和也はクリーニングの基本もわからない。が、彼をサポートするアイロン職人のシゲさんやパートのおば様たちとともに、和也は家業の奥深さを知る。
 前作、青空の卵をはじめとする引きこもり探偵シリーズに続く新シリーズ。前作では主人公二人が泣きすぎて入り込めなかった人もいたかもしれませんが、今作は前作のよさを引き継ぎつつ、後味の良い日常のミステリに仕上がっています。とても素敵でしたのでじっくり時間をかけて読みました。良作です。以下、各話について感想を述べます。もし、読む方がいたらぜひ作品を読んでから目を通していただきたいですね。
「プロローグ」
 和也がクリーニング店を継ぐきっかけとなる父親の死が描かれています。また、物語の重要な基盤となる、和也の性質もここで明らかにされます。自営業はサラリィマンと違って自由である一方で、すべての責任を負わなければいけません。まだ、和也は仕事の重みと責任の大きさに気がついていません。物語の導入として示される登場人物の情報などが紹介され、速やかに話に入っていくことができました。
「グッドバイからはじめよう」
 大学時代の友人、沢田が類稀な観察力と推理力を発揮。前作でいう鳥井の役割ですね。クリーニング店としての自覚がまだない和也は比較的裕福な経済状況の青年、河野からクレームを受けます。河野を商店街で見かけた和也は違和感を感じますが、その理由はわからない。預けられる衣類と行動から沢田が導き出した結論は・・・。
 地域密着型の生活を拒みつつ、自らがその体質であることを自覚していない和也は傍目から見るとおせっかいかもしれません。が、そのまっすぐな気質によりすんなりと相手に近づくことができます。気に入った台詞”愛されていたという記憶さえあれば人は一人になっても生きていける。大切にされた命だとわかっていれば暗い道で迷うこともない”メモのために記述しましたが、ぜひ物語の中で感じて欲しいです。同じ感覚を共有できるとは限りませんが。
「東京、東京」
 ここからはあらすじを書くのはやめましょう。感想はどうしても少し無いように触れてしまいますが。おしゃれな田舎在住者もいるように都会的ではない都民もいるのですね。物語の中なので本当かどうかは確認できませんが、きっとそうでしょう。汚れを取ることは化学反応であり、ある種の危険が伴うことは想像していましたが、プロ意識のない業者(が実際にいたら)に恐怖を感じます。ある種の食品関連の仕事にも言えることですが、他人の生活の、どの部分を担っているかをプロとして自覚して欲しいものです。この話のラストに、物語の終盤につながる台詞があります。もちろん、ここまで読んできた人にはもはや予感ではなく、確信に近い感覚が得られるのではないでしょうか。
「秋祭りの夜」
 沢田がこれまで見せなかった激しい一面を見せます。と言ってもそれほど激しいわけではないのですが、(坂木と鳥居が泣きまくるのとは対照的に)淡々としていてあまり人間味が感じられない沢田にほんの少し親近感を抱きます。以前も書いたかと思いますが、実生活はともかく、非日常では鮮やかに騙されたいと思います。和也の台詞、まっすぐじゃなきゃどうやって伝えるんだよは、確かにそのとおりかもしれませんが、とても難しく、誰にでもできることではありません。東京で育った若者である和也がこのような感覚を持っていることは奇跡のように感じます(東京に対する偏見?)。
「商店街の歳末」
 シゲさんが素晴らしいアイロン技術を持っている理由は・・・。これまでの話で示されていたシゲさんの特徴から想像できる人はいるかもしれません。それはぜひ読んでいただくとして、ここで父親との類似点を持ってくるか!と思いました。やってくれます。もちろんほめています。この話で必ずしも出てくる必要がない登場人物が出てきているのは、シリーズ化を考えているからだと思いたいものです。もう、それはもう楽しみにしています。
「エピローグ」
 作品のちょっとしたフォローでしょうか。4話に組み込んでも良かったかもしれませんね。