佐藤多佳子 一瞬の風になれ

一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ-

一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ-

一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイ-

一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイ-

一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

 面白かった。実際のタイムがどうとか走り方がどうとかのリアリティについてはわかりませんが、読んでいて元気が出る小説です。高校生の頃、何も部活をしていなくて、暇な時間をもてあましていたことがもったいなく思えました。普段は特に「あの日に帰りたい」と思うようなことはないのですが、本作品を読んでいて、少しだけそう思ってしまいました。
 登場人物はみんなものすごくいい子で、もちろん人間だし、まして子供なのでいろいろと問題があるときもありますが、それぞれが自分の競技で最善を尽くそうとがんばっている。どんなに努力しても、同じくらい、それ以上努力する人がいれば叶わないことはある。それでも自分が、それを好きだからといってめげずにがんばれることがすごい。素敵だ。これは、学生時代という区切られた期間だからこそ得られる、宝物のような瞬間なのかもしれない。同じ競技で争っていたとしても、ほぼ同世代ですし、一年生、二年生には来年があると考えることが出来る。当事者は悔しくて仕方がないかもしれませんが。社会に出てしまえば年齢や国籍はあまり関係がなくなってきてしまう。経験をつんだ相手や、年が離れていても圧倒的に実力のある人と対面しなければいけない場面が出てくる。学生時代、特に中高生は同じ年の人間に負けるわけには行かない、と奮起できるとともに自分が最高学年になるまでに最高の状態に持っていけばいい、と思える(のではないかと作品を読んで思いました)のがとてもいい。
 レースの描写がとても短く、視点が主人公に統一されているのでそこが少しもったいないかな、と思いましたがこの長さでは仕方がないのかもしれません。今度、別の視点から見た同じ話を書いてくれたらいいのにな、と思いました。頭の中では想像できるものの、もうひとりの主人公である連は新二から見れば何を考えているかわからないところがあるように描かれているので、ぜひ連の視点からも物語を書いて欲しい。単純に見えてもいろいろと考えている子もいるでしょうけど、全員の視点から書くのは実際不可能でしょうから(短編集なら出来るかも、と書きながら思いましたが)。
 これはぜひ、今実際に中高生である少年少女に読んで欲しい作品です。通り過ぎてからではもったいない。それにしてはソフトカバーで3冊というのももったいない。これは早く文庫化するべき作品だと思いました。