海野チカ 3月のライオン

3月のライオン (1) (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン (1) (ヤングアニマルコミックス)

 ハチミツとクローバーはすごく完成した作品で、それだけに次の作品にかかる期待もかなり大きいのですが、なんとヤングアニマルに掲載されました。雑誌を読んでいるわけではないので雑誌のカラーにあっているのかどうかは分かりませんが、単行本を読んだ感想としては、ものすごく面白さが期待できる作品でした。
 主人公は若い棋士である零。幼いころに家族を失った彼は周りとのコミュニケーションが苦手だった。家族を失ったとき、血のつながったものたちは彼を疎み、引き取ろうとしなかった。そんな彼に手を差し伸べたのは父の友人の棋士。そこで彼は人生最大の嘘をつく。
 失ったものは手に入らない。違った形で満たされることはあってもそれは"回復"であって再生ではない。この物語はきっと、喪失と回復の物語。普通に生きているだけでもいろんなものを失っていく。得ることには気がつかなくても失うことに人は敏感だ。失ったものに対する執着、得るはずだったものに対する執着。得るはずだったものとは本来は失ったものではなくて、それでも周りと比較してしまうので得ていないものまで失ったような気になってしまう。どこまで人は貪欲なのだろう。多分、他の人と比べると持っているものは少なくて、いつも劣等感に打ちひしがれてしまう。自分の努力で得られるものならまだ良くて、どうにもならないものほど執着してしまう。
 物語では、多くの人が当然得ていると思われる"家族"を失った少年が主人公です。家族も、いるだけで機能していない場合も多いので必ずしも多くの人が"家族愛"を持っているわけではないかもしれません。それでも少年は、ほんのわずかに見えた愛情を胸に収めて、それだけを糧に強く生きようとする。少年は周りから見れば頭脳明晰で恵まれているように見えるかもしれない。また、家族を失ってでも彼のような能力を得たいと思っている人もいるかもしれない。そんな厳しい世界で生き抜こうとする少年。
 ちょっと羨ましくなってしまいそうな展開で新たな何かを得ようとしている少年。失ったものと同じものは手に入らない。それでも、その喪失によって出来た隙間は他の何かで埋められるかもしれない。埋めたと思ってもまだ隙間が残っているのかもしれない。物語がどのように進んで、少年は何かを得るのか。何かで満たされるのか。今後がとても楽しみな作品です。