飯田雪子 夏空に、君と見た夢

夏空に、きみと見た夢 (ヴィレッジブックスedge)

夏空に、きみと見た夢 (ヴィレッジブックスedge)

好きな人を忘れないでいることはその当人にとっては負担なのかもしれない、と思うときがあります。この本のように相手が亡くなってしまったのなら(と言う言い方はあまりよくないのですが)あまり負担を考えなくても良いのかもしれませんが、まだ元気な人に対して思いを寄せ続けるのも良し悪しなのでしょう。憶えてい続けることは能動的に可能なことですが、忘れることを能動的にすることは難しい。意識して忘れることができたら楽なのになと思うことは良くあります。ただ、凄くまじめぶりっ子な言い方になってしまいますが、嫌なことを覚えているからこそ同じことを誰かにしないように、相手が同じことをしないように振舞うことができるのだと考えているので、負の体験が必ずしも悪だとは思いません。
この物語は、主人公の天也が亡くなることから始まります。もうひとりの主人公である悠里は見た目が良い女子高生で、母親の死後別の女性と付き合い始めた父親に嫌悪感を抱いており、相手を思う気持ちが信用できないためか、交際相手は見た目で選んでいる。その悠里を天也が好きだったことを友人が知らせるのが冒頭の部分。いきなり亡くなった人から、実は彼はあなたのことが好きだったのですといわれても確かにすぐに受け入れるのは難しい。受け入れられたとしても、そうですか、で終わるような気がします。
天也は見た目は普通でもかなり凄い人物で、高校生でこんな性格だったら恐ろしいと思えるほどです。悪い意味ではなくて、よほど良い育てられ方をしないと相手のいいところを見つける才能って身につかないのではないでしょうか。本人が「探している」感覚ではなくて、自然と見つけてしまうあたりが凄い。
天也が超越しすぎているので、もしかして悠里の妄想(希望)なのかと思う面もあります。冒頭に出てきた友人と母親以外の視点から見た天也の姿が無いのでちょっとそんな考えも頭をよぎりますが、話を読んでいると違うことがわかります。
つまらない揚げ足取りになるのですが天也と物理的に接触できないのに声が聞こえるとはどういうことでしょうか。SFではないので細かいことは考えていないのでしょうが、ちょっと気になりました。本人と会話できる分は、霊なので直接頭に声を届けている(仕組みはわからないけど、とにかくできるということで先に進める)と考えてもいいのですが、電話で声を伝えてしまったのでわからなくなってしまいます。どうでも良い部分かもしれませんが、もし声を出すことができるのなら、二人が触れ合うこともできたはずなのに、と思ったので気になる部分でした。
こういった話では、あなたの子供になって生まれ変わると話しが進む場合が多いような気がするのですが、天也はそれを望みませんでした。子供になりたいと思う感情が普通なのか、特殊な状況だからなのかはわかりません。ただ、亡くなった子供への思いを次の子供に託すのはおかしいと思うので(亡くなった子供の分もこの子を幸せにしたいと思うことはおかしくは無いと思っている)、天也の考えかたに共感できました。逆に、悠里はこの先天也の面影を無理やりにでも感じ取ろうとしてしまうような印象を受ける文章があって、ちょっと危うい。他の生き物に面影を投影するのも、他の子供に投影するのも天也の望みとは違う気がするのですが、全く駄目だとは思わなくて、彼を思い出すきっかけに過ぎなければ問題は無いと思います。
ほとんど彼との思いではないのですが、こうなってしまうと日記を燃やしてしまったことは痛い。痛いと思いつつ、変に縛られないためにはそれでよかったのかなとも思います。
この話が切ないところは、天也が死ななければこの恋は始まらなかったこと。それを自覚している悠里の感情を想像すると切ない。一年前の作品で、何かの特集なのか本屋さんの棚に並んでいて、たまたま手に取った作品でした。読後感がすっきりとしており、好きな作品でした。