紅玉 いづき ミミズクと夜の王

ミミズクと夜の王 (電撃文庫)

ミミズクと夜の王 (電撃文庫)

盗賊の町で育った少女、ミミズク。彼女はその町の中でもさらに扱いが悪く、言葉を解する獣程度だった。盗賊同士の諍いを機に町を抜け出したミミズク。魔物がすむと言われている森でであった端正な容貌の青年に対して、ミミズクは自らを食すよう要望する。
電撃文庫大賞です。受賞作品を最近まとめて読んだのですが、これが圧倒的に良い。物語は寓話めいた仕立てで、なぜアレができるのかとかの細かい説明はありません。あるのは町のかもし出す空気や、登場人物の人格と行動。魔物とは何か、聖なる剣とは何なのかと言うことはこの話ではあまり気になりません。そういったものがあるのだな、いるのだなと思って話を読み薦めていけばいいのです。
主人公のミミズクは虐待を受けて育ってきました。その割りにひねたところもなく、うらみつらみで構成された人格ではありません。その素直さは、今ではあまり考えにくいものかもしれなくて、だから寓話めいた設定でよかったのだと感じられました。ミミズクは誰かのために何かをすること、させられるのではなくて誰かのために自発的に何かをしたくなることを知りません。反面、してもらいたいことがわからないことを意味します。魔王に対して何かをしたくなったミミズク。その見返りをたずねられたときの答えが「褒めて」と言うところでちょっと泣かされそうになりました。あまり褒められることの無い人生ですが、何かの見返りに「褒めて欲しい」と言うのは意識として綺麗過ぎるし、悲しすぎる。
そのほかの登場人物たちも、いちいちどう思ったのかとか、細かい描写はありませんが、どんな感情でその言葉を使っているのかが伝わってきます。勝手に補完しているだけかもしれませんが、上手い。仏頂面の国王。何を思って国を動かしたのか、私欲でありながら国のことも考えた行動に共感はできないかもしれませんが、理解はできる。聖騎士と持ち上げられても慢心しない騎士。自由の意味を十分に理解しているその妻。それほど長い話ではなかったのにどの登場人物も魅力的でした。
ミミズクは言葉のわかる赤ん坊、といってもいい設定なのかもしれません。言葉がわかる分完全に無垢ではない。でも、器は空いている。空いていると言うよりも空っぽなのかもしれません。森で魔王に出会い、少しずつでも器が埋められ、充足した日々。それを失ったとき、別の幸せが与えられる。それもまた幸せであり、周囲のやさしさによるものです。もともと求めたものを最後まで求めるのか、与えられる幸せが幸せなのか、と言うことを考えるきっかけになりました。
付け加えるなら、電撃文庫にありがちなイラストレータで無い点も良かった。ちょっと年長の子供に読み聞かせてもある程度は理解できるのではないかと思えるシンプルさ。それでいて大人でも楽しめる、細部を想像することができる隙間があることが本当に良い作品です。普段本を読まない人にとっても楽しめるのではないでしょうか。