西加奈子 きいろいゾウ

きいろいゾウ

きいろいゾウ

 ムコさんというだんな様を持つツマは普通の人には聞こえないものが聞こえる。ムコさんのある言葉に魅入られたツマは、唐突なムコさんからの求婚を受け、田舎での生活を始める。顔がいかつく、背中に極彩色の鳥を背負っているムコさんだが、性格は至って穏やかで、恋愛小説を仕事としている。それほどたくさんいない隣人たちは素朴だけど、親切で、会話にならないこともあるがほのぼのとした雰囲気を醸し出す。この物語は、そんな二人の悲しくも甘い物語。
 武辜さんと妻利さんと言う、これはもう出会うしかない、と言うぐらいしっくりくる名前の二人が主人公です。ツマさんは少し不思議ちゃんですが、彼女の話し方はユーモアとやさしさが感じられるもので、好感が持てます。一方、ムコさんは煮え切らない性格にたまに違和感を感じるもののツマさんとのやり取りはとてもほほえましく、こちらも好感が持てます。
 登校拒否の少年が田舎にやってくることや、かつて漫才師を目指した二人が再起を試みる話など、少年少女向けの小説にでてくるような風味もありますが、作品の雰囲気にはとても合っており、この世界を作り出す良い要素となっています。
 その登校拒否の少年は、特に理由も無く学校に行くことをやめてしまいます。学校ではそつなく級友たちの相手をし、見た目も格好良いので、何が理由かは大人たちにはわかりません。それは、大人たちもかつては感じたことのある感覚で、それを忘れてしまっているからだ、と言う部分もあり、この少年が多感に過ぎるきらいがあるからでもあります。
 少し、9歳にしては頭が良すぎる印象ですが、意外とこのくらい早熟な子供はいるのかもしれません。少年は、恥ずかしいことをすることが恥ずかしくてたまらない、と言います。そんな少年に対してツマさんはこれまでにあった恥ずかしいことを少年に話す(本当に胸が苦しくなります)のですが、相手を少年と侮らない話し方に好感が持てます。早熟な子供は、きっと、子ども扱いされたくないのだろうなあ、と思います。
 子供は早く大人になりたいと願う。大人は大人になりきれていないと考える。法律で決められた境目はともかく、実際に大人であるかどうかは簡単に判断することはできません。大人であっても子供の部分が残っており、その悪い部分が多く残っている大人もそれなりの数がいると思います。成人式で暴れる若者は、9歳の少年から見れば大人かもしれないし、老人から見れば子供かもしれません。少年から見た成人式の若者は、早く大人になりたいと思える対象でしょうか。おそらく、子供の部分を多く残した者が大きく取り上げられているだけで、多くは醒めた目で見ているのではないでしょうか。中高生のブログを見ても、十分しっかりとした人がいると思います(本当に中高生かどうかはわかりませんが、文章には幼さと言うか若さが感じられます)。
 大人になってからの時間のほうが(おそらく)長いのですし、あわてて大人になることは無い、と言ってあげたいくらいですが、周りの子供たちと同じではないことに気がついてしまったら、気がつく前には戻ることができないでしょう。
 後半、話は急展開し、ムコさんのかつての恋人の話になります。ここではムコさんよりも隣人のアレチさんが気に止まりました。もう恋なんてしていないように見える老人でも、かつては身を焦がすような恋をしていた(かも知れない)し、今でも相手を思いやる気持ちは純粋に素敵だな、と思いました。
 恋愛体質ではないので、彼らの思いを理解し切れていないかもしれません。それでも、誰かを想うことはきっと、悲しいこともあるけれど、楽しかったり、誰かのことを大切に思えることは素敵なことなのだな、と感じられる物語でした。