山本一力 だいこん

だいこん

だいこん

 大工の父を持つつばきは、父親が博打で重ねた借金のため年を越すのもやっとの暮らしをしていた。酒が入ると性格が荒々しくなってしまう父だったが、普段は仲睦まじい両親だった。災害時の炊き出しをきっかけに、料理の才能に気がついたつばき。そして、つばきの才能は料理だけでなく、商才にも開花する……。
 直木賞作家と言うことで名前は知っていましたが、なんとなく「あかね空」を読む気にはなれなかったのでこの「だいこん」を読みました。江戸っ子のいなせな性分を颯爽と描いていることに、とても好感を覚えます。当然何人かは”せこい”ひとや、道義にもとる人がでてきますが、登場人物は総じてさわやかで、粋だな、と感じます。
 主人公のつばき料理がうまく商才にも長けているのに、それが仇となってなかなかいい伴侶を見つけることができません。この時代は今よりも長子にかかる負担は大きかったのかも知れません。妹二人に対して母親のような気持ちで接していたつばきは、上手に甘える二人がかわいく思えると同時にうらやましく思います。甘え方が下手なことは損ですね。
 機会が少なかったとは言え、つばきを見初めた男性は何人かいたのですが、料理屋を続けたいと思っているつばきにはなかなか満足の良く相手が見つかりません。これは、今でもいえることかもしれないな、と感じました。仕事に熱中している女性をそのまま受け入れられる男性は少ないでしょう。まだ、男性が働いて女性は家を守ると言う考えも、昔と比べれば相当少なくなったのかもしれませんが根強く残っています。もちろん逆もあると思うのですが、絶対数は少ないでしょう。どちらがと言うわけでもなく、片方が仕事に熱中していたらもう片方は寂しく感じるかもしれません。両方が仕事に熱中していたら結局互いにかける時間は少なくなってしまいますし、わがままだと自覚していたとしても、もっとこちらを向いて欲しいと思うのかもしれないな、と思いました。
 才覚を存分に発揮して手を広げるつばきですが、そもそも当初評判になったのは誰よりも上手にご飯を炊くことができるからでした。これほど手を広げて果たして店を構えた当時のようにご飯を炊くことに時間をかけることができたのかな、と少し疑問。まあ、おそらく、つばきが母親の煮付けの味に追いついたように、妹たちの誰かがめきめきと腕を上げたのだろうとは思います。
 結局最後まで伴侶を得られなかったつばきですが、これからいい出会いがあるものだと思いたい。てっきり続くものだと思ってしまいましたが、これで終わりなのでしょうか。これ以上繁盛させるのも大変だとは思うのですが、まだつばきも若いことですし、できれば続編を書いて欲しいと思う作品でした。本当に、江戸っ子の様子がとても粋に描かれているので、少しずつこの作者の小説も読もうかと思います。