藤原伊織 シリウスの道

シリウスの道

シリウスの道

 広告代理店で働く辰村祐介は実力は買われているものの性格が意固地な一面がある。祐介が副部長を勤める部で、中途採用された、都銀での勤務経験がある戸塚英明は、大臣を親に持ち、コネで入社した。公私混同しないと評判の社長であったが、入社の際社長と戸塚はある約束を交わしていた。
 勝哉と明子は祐介が少年のころ、常にともに遊んでいた仲間だった。明子の親が振るう暴力を見かねていた彼らだったが、決定的な事件が起こった。その結果を受け、祐介と勝哉が取った行動は、そしてその行動が25年後にもたらしたものは・・・。
 藤原伊織のハードボイルドものです。寡作な方ですが、これまで出た作品はどれも面白く、今回も面白く読むことができました。ひとつ気に入らなかったのは、中途半端に既刊の作品の内容が混じっていたことです。裏社会とのつながりを持つ人間がどうしても必要だったのかもしれませんが、別の方法で何とかして欲しかった。辰村の態度や姿勢はオーナを動かす動機(言葉が重なっていますが)になるのかな、と若干疑問です。ハードボイルドな世界ではありうるのかもしれません。既刊作の細かい内容は覚えていなかったので、詳細を把握できなかったのが残念です。多分、少し読めば思い出せると思うのですが、寡作なのですから伊坂幸太郎のような作品同士の繋がりは避けて欲しかった。知らなければ知らないでそのまま通るのかもしれませんが、変に記憶しているだけに厄介でした。
 その点は作品にとって大きな瑕疵ではなく、ただ単に気になっただけです。大きな事件が起きなくても面白い小説は書けるのだ、と感じました。一人一人の生活は誰にとっても重要であり、他人から見れば些細な事でも本人の記憶に強く刻まれるような出来事はたくさんあると思います。もちろん、ここで起きた事件が大したものではない、とは絶対にいえません。ただ、小説の作法として、世界の危機とか、日本の経済うんぬんとか大風呂敷を広げなくても面白い話になるのだな、と感じただけです。
 13歳のときに起きた事件がこの物語の鍵になっています。辰村の上司に12歳の娘がいるのですが、登場しなかったのが良かったです。本人たちの記憶は彼らの中で収束させるものであり、無理に現代に繋げることもないかと思いながら読んでいたからです。
 登場人物は皆、格好良いです。広告業界はぜんぜん知らない世界ですが、それぞれ優れた能力を持ったスタッフたちが打てば響くような応答をしている姿がテンポが良くて臨場感があります。辰村は自分なりの筋を通そうとする人物で、それは世間一般から見ても筋が通っています。人はきっと弱いもので、目先のお金や権力につられてしまうのかもしれません。でも、辰村は自分の決まりごとを遵守し、姑息な人物からは敵視されても周囲の人間からは、彼自身の実力もあって慕われます。自分の決まりごとを守ることは実はとても難しいのではないかと思います。それを(一見)平然と、淡々と遵守する辰村は格好いいです。辰村も良いのですが、銀座の部長が意外と(といえば失礼かもしれませんが)格好いい。後援部隊として頼もしい限りです。ただ豪快なだけではなくて、しっかりと支えてくれる人がいるから活躍できる、と言うこともあると思います。
 戸塚くんはその設定からどうしても小泉孝太郎さんを想像して読んでしまいました。それにつられて、彼以外にもなんとなく全員に俳優を想像して読みました。もしかしたらドラマになるかもしれませんが、小説なら心情が描かれているのでそれほど大げさではないことでも、あえて台詞にすると大げさに感じる内容かもしれません。
 物語で活躍する女性を、年長の女性が説得する場面があるのですが、これほど簡単にはいかないだろうな、と思いました。ハードボイルド作品の典型かもしれませんが、著者は魅力的な男性を描くことには長けている一方で、女性の描き方がぞんざいな部分もあります。ぞんざい、というのは少し違うかもしれません。女性も”魅力的な男性が女性になった”ように描かれているように感じました。ある意味男女平等でしょうか。
 藤原伊織さんは、確か食道がんに罹患していたと思います。読者のわがままですが、体を大切にして、今後も執筆して欲しい、と思います。