豊田徹也 アンダーカレント

アンダーカレント アフタヌーンKCDX

アンダーカレント アフタヌーンKCDX

 関口かなえは夫婦で銭湯を経営していたが、夫の失踪とともに運営を続けることができなくなっていた。助っ人としてかなの銭湯にやってきた堀は仕事の覚えも早く、以前と変わらない形で運営することができるようになった。再会した友人のつてから私立探偵に夫の真相を調査してもらうかなえ。短い期間ながら次第に明らかになる夫の素性に、かなえはこれまで夫のことをほとんど知らなかったことに気がつく・・・。
 全体的に静かに進行する作品です。登場人物は奇矯なキャラクタではありませんが、それぞれがたくましく生きていることを感じさせるキャラクタです。私立探偵の山崎は飄々としているけれど、物事の真相を見逃さない、鋭い目を持っています。探偵をしていたら身につくものなのか、それともその能力のために探偵になったのか。山崎の背景はほとんど描かれませんが、探偵の見た目を意識していて、ちゃらちゃらしているように見える彼の鋭さがとても格好いい。94-104ページの山崎の登場シーンは必読です。ううん、クールだ。
 明らかにかたぎではないサブ爺もそのキャラクタが突出しています。暇なのか人情味にあふれているのか、ぱっと見ではサブ爺の心情ははかり知れないものがありますが、彼もなかなかに鋭い部分を見せたりして、とても魅力的です。ただ、このような人物が身近にいたらうっとうしいかも、と思いました。
 堀は淡々と仕事をこなし、かなえのプライベートにも立ち入ろうとはしません。彼がかなえの元にやってきたことには理由があるのですが、物語の最後までそれを明かそうとはしません。いったい彼がどうしたかったのか、何をしたかったのかは察することはできても理解することはできないでしょう。それが結果としてよかったのか悪かったのか。この後堀は自らについて語るのかはわかりません。想像して楽しむのみです。
 そして、主人公のかなえは、過去にあった出来事に本当はとらわれていても、強い自分を見せようとし続けます。そのことを実は周りの人間は解っていて、それでもかなえが楽でいられるのは強い自分を演じている、もしくは見せているときだと思うからこそ変に突っ込んだりはしません。その、遠回りかもしれませんが暖かいやさしさに、少しじんときてしまいます。
 作品はユーモアにも溢れていて、重苦しい雰囲気に落ち込んでしまいがちですが、決してそうはなりません。作中提起される疑問は、読者にいろいろと考えさせます。作者の考えを押し付けがましく示すわけでもなく、静かに、そのことについて考えてしまいました。これは傑作だと思います。時間を置いて何度も読み返したい、そう思える作品でした。