[日記]

 昨日、教育のあり方を考えると言う番組を見ました。釣られているな、と思いつつみていましたが、最後まで通して視聴してよかったな、と思います。
 初めは義務教育を拒否した家族がいました。義務教育の義務とは、親は子供が学習する機会を与えなくてはいけなくて、子供は教育を受ける権利がある、と言うことです。この家族は上手くいっていますが、誰でも同じようにいくわけではない、と思いました。学校に行かないと言うことは同世代でのコミュニケーションをとる機会が減ることになります。どちらかと言えば世代間を越えた交流を大切だと思っています。でも、友人となるためには同じ世代の人間も必要なのではないでしょうか。残念ながら年齢の離れた友人と呼べる人はいません。年下と知り合う機会があまりないことと、仕事で出会う年長者とはどうしても力関係が見え隠れするからだと思います。こちらが独身で相手には家族がいると言うこともあると思いますが。
 この他、ビートたけし石原都知事が話し合う場面がありました。番組の当初では石原都知事が、学校なんていかなくていい、と発言する場面のみ放送されていましたが、実際には中学校までにある程度の密度で教育し、感受性が確立され始めた高校生以降は自分で選ばせるべきだ、と言う内容の主旨だったと思います。それも、まあ、そうかもしれませんが、今の子供にそれだけの自主性を求められるのでしょうか。中学から高校に行くときはどこを選ぼうか、と思っていただけで、行かない可能性なんて考えてもいませんでした。高校から大学に行く時はある程度目的意識はありました。多分、都知事ビートたけしさんが考えているより精神的な成熟が遅れているのではないかと思います。友人や他の方に聞いたわけではないのであくまでも想像ですが。もし、中学を卒業する時に選択を迫られたら、とりあえず高校に行く、と答えていたと思います。でも、今思い出しましたが、当時憧れていた職業がありました。どうやってその職業に就けばいいのか判らなかったし、調べようともしませんでした。バカオロカですね。もしその頃今ほどウェブが発達していたら何とか調べてその職業につく道を模索していたかもしれません。まあ、今の道に進んだことは後悔していません。自分で選んだからでしょう。
 なんだか番組の説明のようになっています。だいぶ以前に、4年生から6年生まで豚を飼育して、卒業時に食べようとした学校があったようです。人は他の命を摂取しなければ生きていくことが出来ない生物で、それを自覚させるためには良いように思えます。成長の過程が映像で残っていましたが、かなり思い入れがあるな、と感じながら見ていました。これを食べられるようになるとは、結構すごいかもと思っていました。てっきりこの後食べるものだと思い込んでいたのです。卒業を間近に、クラスでその豚をどうするか話し合っていました。いろんな意見があって当然で、意見をぶつけ合うことは重要です。でも、意見がクラス内で真っ二つになり、きっかり同数であったことから、当然映像では見えない部分で意見の押し付けがあったと予想されます。最終的に決断は教師にゆだねられました。そのためにクラスの意見を同数にしたのでしょう。子供たちを攻めるわけにはいきません。初めて命を奪う対象としては、豚はあまりにも大きく、触れ合う期間が長すぎたのです。そのことについては映像の終了した後、ビートたけしさんもそう言っていました。その子供たちは今、十分に成長したことでしょう。彼らが振り返った時、「名前をつけた生き物を食べることは出来ない」とか「いきなり自分が殺されると言われて受け入れられるのか」とか発言していたことについて考えていたらいいな、と思います。子供らしい発言と言えば子供らしい。動物に愛情を注ぐことを否定しません。牧場の経営者も家畜を可愛がっていることでしょう(一部を除く)。でも、知らないものなら殺してもいい、と考えることはまっとうなのか、動物の命と自分の命を等価に考えていいものか、ということを子供でない人間は考える必要があると思います。
 最後に、子供たちの自主性を重視する学校(?)が紹介されていました。これは少数だから出来ることだな、と感じます。自分が動かないとどうしようもない状況でないと、子供は動かないでしょう。大勢になると力関係が生じて(少人数でもあるでしょうが、各個人に与える影響力の大きさとして)、何もしない子供がきっと出てくるでしょう。性格の良し悪しではなくて、多分そうなるだろうな、と予想するだけです。自主性を出すように導くことはいいことだと思います。早い段階で自主性を持たせるようにしたほうがいいのかは判りませんが。自分が何をしたいかを知るためには世の中に何があって何がなくて、何が必要とされていて何をしてはいけないかなどを知るためにはある程度(たとえ浅くても)広い知識が必要だと思うからです。大人になっても知らないことだらけで何もえらそうなことは言えませんが。
 IQとかはつまらない内容で、流してしまってもいいでしょう。ぐーぱーは最後まで出来ました。これ、幼稚園の頃にもした記憶がありますね。その頃もできました。結構たくさん出来ていたような気がします。だからどうなの?としか思えませんが、TVタレントに勝ったということで溜飲を下げておきますか。
 教育に、と言うか子供の成長のためにこれが最適だ、と確立した方法はないし、これからも出てこないでしょう。もし、そのような物が出来たら逆に画一的な人物しか育たないような気がします。上手く言ったかどうかも判断する方法はなく、社会全体の動きから類推するしかないでしょう。たとえ、最適な方法が見つからないとしても、いろいろ考えながら模索することは大切で、その考える気持ちがきっと子供たちのためになると思います。

おまけ
 ファンの方には申し訳ないけど(あまり思っていないのですが)、うえんつとこいけなんとか(検索避け)が組んだユニットはひどいですね。ゆずを何百倍かに希釈したらああなるかも。あんなの街でながさないでほしい。