[読了]日日日 うそつき〜嘘つくたびに眺めたくなる月〜





 ものすごい出版ペースです。話題先行の部分もあるかもしれませんが、編集者に刊行を決意させるだけの文章をこれだけのペースで書ける才能は他にはないものでしょう。まだまだ追い続けます。
 物語は自意識過剰の気がある高校生、竹宮輝夜が「愛」や「恋」の正体を求めるお話。まだ高校生だったころをついこの前のように思える世代だからでしょうか。悲しいまでの自意識過剰振りが描かれています。制服で統一された外見。それゆえに画一的な印象を受ける高校生(中学生)と言う世代。でも、実際には輝夜のようなセンシティブな人間もいれば、鈍感で、外見もあまり気にしない人間もいるのでしょう。そういった意味では現実離れしているとは思えません。が、輝夜の姉、硝子の描写はちょっといただけないものがありました。少し引用すると、”世界は変わっていくのがさだめなのに、お外の桜は毎年咲くのね”と妹に呟くあたり。ええと。もしこのような感受性の持ち主ならば、今咲いている桜が去年とは違う桜であることぐらい判るのではないでしょうか。また、鞄にもぐりこんだねずみを殺した輝夜に彼女はこういいます。”私があなたの大切なものを取ろうとしたら、この鼠のように殺してしまうのかしら”。これでは、完全に勘違いしている若者に過ぎません。愛玩動物に自分を投影するのは良くあることかと思います。しかし、それらと他の生き物には境界線があるのでは。もしくは自覚しないまでも境界線というのがあるのではないでしょうか。このようなタイプの人は、毎日食事を取りながら、自らの食事となるために第三者がその生き物を手がけていることを失念しているのでしょう。日日日さんが詩的ではかなげな人物として抱いているイメージはこのような人物かもしれませんが、少し痛い人としか思えませんでした。もちろん、四季を愛でる感覚は否定しませんが。
 と、ここまで若干否定的なことを書いてしまったかもしれませんが、内容はライトノベルの装丁とは異なり、文学的雰囲気も感じさせる良作でした。印象で言えば「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」に近いものがあります。10代は不安定で危うげな一方、若さゆえの柔軟性で(大半は)それを乗り切ることができます。年月を経るにつれ、そのころの感覚は薄れていくのでしょう。鈍感になること、言い換えれば打たれ強くなることが大人になることだとも言えます。誰もが過ぎてきた世代。思い出すには苦さを伴うこともあります。積極的に忘れてしまうこともあるでしょう。それでもなお、作品に通じることで不安定だったあのころの感覚を感じたい。それが読書する動機でもあります。重ねて述べますが、良作でした。
 表紙のからくりは一見わからないですね。あとがきを見るまで気がつきませんでした。高橋良介さんの絵は多少ファンタジックすぎたかもしれませんが、本文中に挿絵がなかったのは良かったと思います。あと、購入時はソノラマ文庫だと思っていました。