丸山宗利 とんでもない甲虫

 

 

登場する昆虫は見たこともないし、想像もつかないものが多い。写真もきれいだし、申し分ない。自分で少し昆虫の標本を作ってみて思うのは、きれいに足を延ばしたり姿勢を整えるのは本当に難しい、ということだ。数を集めたいわけではないし、コレクタになるつもりもないので、ほんの少し作ってみただけではあるものの、現実に目の前にあるものを観察するのは面白い。写真集を買って気が付いたのは、珍しいものでもなんでも、それほど写真を見たいわけではない、ということだ。そこら辺にいる虫であっても、実際に存在するものを観察するのはとても面白いが、他人が作った標本の他人がとった写真を眺めることは、面白いことではあるもののそれほどでもない。ツノゼミにも興味があって、写真集を買ってみようかと思ったけれど、そんな突飛なものでなくとも、近くの生き物を観察しようと思う。田舎に住んでいるので、毎日建物の周りをぐるりと見るだけでも、あまり意識してみていなかった生き物がいくつも見つかる。捕まえて標本にして、写真を撮ったり観察するのは楽しい。ダニとかが部屋に蔓延してほしくはないので、消毒用アルコールに漬けているのだけど、色が変わってしまうものも多い。薬品を買えばいいのかもしれないけど、まだそこまで入り込んではいない。

今は田舎から少し町中に出てしまい、楽しみが減ってしまった。自然が残っていそうなところでも、こちらでは人がいることが多い。虫取りYoutuberを見ていると、知り合い同士とか、同好の士で会うことも多いようで、虫取りコミュニティでは知られている場所なのだろう。他人が少なくて、車も止められる場所を見つける能力が低いのかもしれない。

四つ目 引き籠り錬金術師は引き籠れない

 

 

実力はあるけれど、人との接し方がわからない主人公と、誤解を重ねながらも良い関係を築こうとする周りの人間のやり取りが面白い作品。ここまでの誤解があるかな、との疑問はありつつ、ぶっきらぼうな職人など、他人と話したがらない人は結構いるので、ちょっと大げさにするとこういう感じになるのだろう。どうでもいい人と話さなくてもいい世界ってうらやましいかも。とはいえ、そうなるためには、積極的にコミュニケーションをとらなくても許される圧倒的な実力が求められるので、木っ端社会人としては、いやいやながらもコミュニケーションは欠かせないのは同じことか

2巻ぐらいで、母親が登場するのかな、と思いながら読んでいたけれど、3巻まで読み終わっても、思い出以外には出てこない。ラスボス的に登場するのかな。意外と現代の倫理観に近いのか、と思わせつつ、身内が一番大事であることを思い知らせる事件があった。もちろん、現在でも、自分の身近な人が第一であることに変わりはない。ただ、命は平等なのだ、と建前でも言い始めて、それを言い続けることは大切なことだ。そう思っていたし、今でもそう思ってはいるのだけど、最近の世界情勢を見ると、建前を維持するのにも力が必要なのだな、と感じる。関係の遠い人の命を軽視し始めると、すぐに影響を受けるのは力のない人たちだ。自分自身が、個人として力があるとは到底思えないけれど、幸運なことにそこそこ経済力がある(あった)国に生まれて、何とか仕事ができて給料を得ることができている時点で、だいぶ恵まれている。でも、誰かを助けるほどの力はない。ぎりぎりまで生活を削って誰かを助けるのも違うような気がするので、生活に支障がない程度に寄付をする程度だ。寄付をする文化があまりないのかもしれないし、わざわざ他人にいくら寄付したとか言わない(親にいったくらい)ので、もしかしたらみんなそこそこ寄付をしているのかもしれないけど、気軽に安心して寄付できるようになればいいなと思う。

 

主人公は世界でも上位の強さを持つようだし、精霊の力を得ているので、本格的に困ることは考えにくい。後は世界的な危機を解決してしまうくらいだろうか。あまり長く続けるような作品でもないかと思うので、あと数冊でうまくまとまることを期待している。

佐伯 緑 What is Tanuki?

 

キンドルで購入したけど、ページの進み具合の表示がおかしかった。値段が結構高めだったので、これくらい残っていてもおかしくはないのかな、と思って読んでいたらエピローグが始まり、ちょっと悲しい。

それはともかく、野生動物、とくにタヌキへの愛情が感じられるというか、興味が尽きないことが伝わってくる。少し前に鉄腕ダッシュでタヌキの専門家として女性が登場していたけど、この方かな(これを書いたころの話)。フィールドワークをしている人は総じて絵がうまい。それだけ対象を観察しているのだろう。写真を見て書くのはそんなに苦手ではないのだけど、これは絵を描いているというよりも写真をなぞっているのに近く、記憶だけで書こうとすると途端に幼児のような絵になってしまう。記憶力の不備もあるだろうけど、観察不足が一番の原因だとおもう。

道路で車にひかれて死んでいる動物はそれなりに見かける。何の死体かはっきりわかることも多い。猫やアライグマは見た目で分かるし、鹿やイタチは大きさでわかる。カメや蛇、ハトやカラスも見た目でわかるかな。でも、尾が見えなかったらアライグマかタヌキかの区別はとっさにはできない。すぐに市かなにかに連絡がいくのか、死体はすぐにいなくなる。

ロードキルの思い出をいくつか。一度、ネコが並んで死んでいたことがあった。同時に轢かれたのか、どちらかを助けに行って二次被害にあったのかはわからない。死体はきれいなもので、大きな外傷はなかった。道路の真ん中で死んでいたのでロードキルかと思ったけど、もしかしたら違うのかもしれない、とも思う。真冬で、体は冷たくなっていた。首輪をしていたけれど連絡先は書いておらず、どこかに埋めようかとも思ったのだけど、散歩するコースなら、もしかしたら飼い主が探しに来るかもしれない、と道路のわきの植え込みの手前においてその場を去った。きれいな死体が並んでいたので記憶に残る出来事だった。もう一つ印象的なのは、ターミナルでバスを待っていたところ、目の前でハトが轢かれたことだ。ハトがいるな、とは思っていたけれど、ターミナルなので当然バスの速度は遅く、轢かれるなんて想像していなかったので驚いた。ぱきぱきと骨が折れる音がして、ハトがつぶされたのだけど、すぐに血があふれるわけではなく、羽があちこちに飛んでいた。かなり羽の量が多いように感じたけど、不自然なほど多いのではなく、羽毛の枕を破ったような飛び散り方だった。飛び散る羽の量が少しずつ減って、つぶされた体と血が見えるようになってきて、気分が悪くなったわけではないけれど、その場にいたくなくなったので10分ほどその場を離れた。ターミナルの職員が片づけたのだろう、戻った時にはもうハトの死体はなく、歩道のわきに少し羽が残っていただけだった。至近距離で何かが轢かれるところを見たことが無かったし、ハトが轢かれるときの音は今でも印象深い。田舎で過ごしている割には、何かを轢いたことはない(虫は除く)

大泉の話 ほか

 

 

 

 

 

アンリミテッドで「ジルベール」が読めたので読んでみたところ、面白かったので、萩尾望都の「大泉」も読んだ(こちらは購入した)。新書の「萩尾望都竹宮惠子 大泉サロンの少女マンガ革命」も読んだ。何しろ昔の話だし、記憶が定かではないことも多いのだろうけど、大きな齟齬はないように思えた。

作品の読書歴としては、萩尾望都は読んでいるけど竹宮恵子は読んでいない。なぜだろう、と思い返してみると、おそらくSF作品から入ったからだろう。少年愛に惹かれるわけではないので、特に竹宮恵子の作品を読む機会はなかった。古本屋のまとめ買いセールで購入した本がBLでまとめられていた本だったことがあり、BLを読んだことが無いわけではないが、それほど興味があるジャンルではない。

萩尾望都は、SFの細かい理屈は理解していないかもしれないけど、大局を見据えているというか、ヒトの本質は何かを考えていて、たまたまSFで表現しているのかな、と感じる。難しい話よりも前に、娯楽としての漫画が先にあるようにも感じる。

竹宮恵子は、頭がいい人なのだろう。もう現役からは離れており、後進の育成に力を入れているようだ。それぞれの立場から大泉について書かれた3作を読んだ感想を書きたいところで、どちらも少女漫画界に革命をもたらした人なのだろうと思うのだけど、正直、竹宮恵子の作品を読んでいないので二人を並べて感想を書くことはできない。絵を見てもどれが竹宮恵子の作品かわからないと思う。

熱狂的なファンがたくさんいるだろうし、比較的浅いファンである僕が改めて言うほどの意見はないけど、現役の漫画家として活動している萩尾望都については、これからも作品を追っていくかもしれない。最近はあまり作品を読めていないけど、昔ほどの刊行速度ではないので、少しずつ読んで、追いついていこうかとおもう。

ショーン田中 願わくはこの手に幸福を

 

 

苦労をしても報われなかった冒険者が、知識と経験はそのままに、若いころに戻って、前回とは違う人生を進もうとする物語。個人的には、多少知識をもって若返ったとしても小賢しさが前面に出てあまりいいようには進まないのではないかと思うので、特に若いころに戻りたいとは思わない。普遍的なものはきっとあまり得ていないので、少し人生の傾向が変わってしまえばもう前の知識はそれほど生かせないのでは、とも思う。

物語の主人公は、自分をないがしろにした英雄たちと向き合うことで、彼ら彼女らの信頼を得ることになる。3巻まで読了して、そもそも前の人生でもそんなにないがしろにはされていなくて、英雄との差を感じて自虐的な受け止め方をしていたのではないだろうかと思った。

例えば、今の記憶を持ったまま昔に戻ったところで、特に選択肢は変わらないと思っていたのだけど、そのまま漫然と生きていたら今の自分になることが分かっているひとであれば、多少の無茶をしてでも何かを変えようとするかもしれない。特に、不完全燃焼のまま今の自分に至っていると感じているのなら、同じ人生を繰り返すよりは、何かしらの行動を起こすかもしれない。自分に当てはめると、今の自分にそれほど大きな不満があるわけではなく、独り身でいることが若干さみしくはあるものの、誰かと一緒にいたら楽しいのかと想像しても、とくに想像できない。誰か、というあいまいな想像では楽しくなれないかな。特定の人を想像してみても、きっとその人は今幸せにしているだろうから、あえてこちらに巻き込むのもいかがかとおもう。向こうにとっては楽しい記憶とは限らないし。お金は、もちろん有り余っているわけではないけれど、生きていくのに困るほど不足してはなく、何か欲しい高額のものがあるわけでもない。ただ、株とか金の価格が上がることは分かっているので、ちょっとした投資はするかもしれない(このエントリを書いたのは数年前)。若いころ楽しいことがあって、さかのぼることで同じように楽しめるとしても、他の面倒なことを繰り返すくらいなら、このまま老いて死んでいった方がいい。物語の主人公は、強い意志があって、成し遂げられなかったとことに立ち向かおうとしているけれど、そんな気力はない。ただ、体が若くなると考えも変わるかもしれない、とはおもう。

朝倉秋成 ノワール・レブナント

 

面白かった。キンドルで読んでいたので分量が今一つ想像できていなかったけど、結構多かったみたいだ。キンドルのパーセント表示は出たり消えたりして、今回はほとんど消えたままだった。設定で何とでもできるのだろうけど、調べる情熱がない。お風呂で読むと出たり消えたりするので、水滴が何かしていそうな気はする。防水とはいえ、水滴がつくと怒涛のページめくりが起きたり、ひたすら文字を選択したりするので、お風呂では基本的に濡らさないようにしているのだけど、濡れても大丈夫と思いながら扱うとどうしても濡れてしまう。さて、読後の感想としては、表紙の女性は誰なのだ、とか、不思議な現象は不思議なままなのね、とかあるのだけど、一番思ったのは、皆さん高校生なのに、初対面の人とちゃんとコミュニケーションが取れるのね、ということだ。自分が若いころだったら、と想像することにあまり意味はないけれど、自分が思っていることをきちんと言葉にできないだろうなとおもう。本の背をなぞったら中身を記憶できる少女は、その能力の応用ぶりがすごい。かなり優秀。予言を聞く少年は、きちんと考えることができるし、頭がいいと作中でも表現されているけれど、その通り頭がいい。ものを破壊できる少女は、判断基準が不安定で、その辺が少し危ういけれど、作品としてはそのバランスが良かった。幸福感の偏差値を見ることができる少年は、素直だしそれなりに観察力がある。

それぞれ特殊能力を得ているわけなのだけど、各自がその能力を試す期間がそこそこ長くあって、だからこそ本番でもちゃんと使えた。その期間を設けているのは、登場人物に感情移入する点でも、能力を理解する点でも良かった。

敵というか、立ち向かう相手がちょっと風変わりで、物語は一応きれいに閉じてはいるものの、これからも何かありそうな予感を残して終わったのも良かった。不思議な現象がまかり通る世界なので、その気になれば、数年後別の子供たちが能力を得て、今回の主人公たちがそれを見守る(サポートする)という話もできそうではある。時をかける少女的な流れで、目新しくはないかもしれないけど。

著者の作品は本作とフラッガーの方程式しか読んでいないけど、文体も内容も好きなほうなので、いろいろ読んでみようかとおもう。本作の幸福度が読める少年と、フラッガーの主人公は、性格としてはそこまで似ていないかもしれないけど、話し方というか行動に似たものがあるように感じる。だからどうというわけではなくて、著者が考える一般的な男子高校生像があるのなら、これらの少年たちに近いのかな、と少し思った。

  朝倉秋成 フラッガーの方程式

 

少し前から注目されていた作家のよう。楽しく読めた。ほかの作品も読んでみよう。初めて読むのがこれだけど、本来はシリアスな作風なのかな。人の意思や行動を操作するシステム自体は、もうそういうものができてしまったとして受け入れるしかないので置いてこう。それが舞台の条件なのだ。突っ込み気質の主人公のセリフはとてもテンポよく読めた。主人公は知識が豊富だし、その突っ込みがすぐに出てくるのは頭がいいのではないかな。作品としてはそんなことできるのか、という読者からの突っ込みは無視しているのだろうし、とにかく大きな齟齬が無いように伏線を回収していくように作られた話だった。ドタバタ劇であり、現在にとてもよく似た世界の話として読まないと先に進めない。特に非難しているわけではなく、面白く読めたし、他の作品も読んでみるつもり。